観光客の急増が、思わぬ場所に影響を及ぼしている。リゾート地でも「オーバーツーリズム」の波は確実に広がり、買い物施設や飲食店など観光以外の空間にも変化をもたらしているようだ。
ある観光地の商業施設。そこに隣接するゴルフショップで働く山城奈々さん(仮名・30代)は、ここ数年で店内の空気が一変したと明かす。
試打室が「遊び場」に
にぎわいの陰で、現場のスタッフは日々、戸惑いと疲弊を感じているという。
「以前は落ち着いた雰囲気だったのに、今では外国語が飛び交い、まるで『海外の店舗』のようです」
売上に貢献する「爆買い客」も多い一方で、マナーをめぐるトラブルが増えているそうだ。
ある日、山城さんの店に外国語を話す親子3人が来店。父親と小学生くらいの兄弟だった。彼らは試打室に入ると、ゴルフクラブを次々と手に取り、大声で笑いながら振り回しはじめた。
「最初は普通に試打されているのかと思ったんですが、途中から完全に『遊び場』になっていましたね。まるでゲームセンターにいるような騒ぎ方で、他のお客様も近づけない状態でした」
スタッフが注意を試みようにも、言葉の壁に加え、その勢いに圧倒されて声をかけられなかったそうだ。そのまま1時間以上、親子は試打室を占拠した。
ケガ、通訳不能、そして「購入ゼロ」
やがて親子はパタークラブのコーナーへ移動。そこでも大声で笑いながらパターを振り回していたのだが、突然、子どもの一人が「ワーッ」と泣き出した。壁の角に頭をぶつけて、額から血がにじんでいたのだ。
山城さんはすぐに救護室に案内し、応急処理を依頼した。父親は何かを早口でまくし立てたが、翻訳アプリを使用しようとしても応じようとせず、ただただ大声を上げ続けたという。
幸い、子どものケガは軽傷で済んだ。
「処置が終わると、軽く会釈してそのまま帰りました。3~4時間も店にいて、結局何も買わなかったんです」
観光客の増加は確かに売上を押し上げる。しかし、ルールやマナーの違いによって、現場に負担がのしかかることもあるようだ。
「私たちは歓迎する立場ですが、観光の熱気が日常のルールさえかき消してしまうと、もう『おもてなし』だけでは支えきれなくなります」
観光が生む活気と疲弊――。その境界に観光地は揺れ動いている。