認知症の予兆「軽く見ないで」...でも怖がらなくて大丈夫 早期対策で「Uターン」も

   「置き忘れや、しまい忘れが増えた」「5分前のことが思い出せない」「今日が何月何日かわからないことがある」。そう感じたら、脳が発する注意サインかもしれない。国立長寿医療研究センターによると、こうした兆しは、認知症になる手前の段階の「軽度認知障害(MCI)」の可能性がある。この段階は早期の対策で正常な認知機能に戻ることができるという。つまり、悪くなる一方ではなく、適切な手を打てばUターンできるのだ。「年齢のせいだと軽く見ないで、早期発見、早期介入で脳の健康を守りましょう」と公式サイトで呼びかけている。

  • 早期の対策で正常な認知機能に戻ることができる可能性も
    早期の対策で正常な認知機能に戻ることができる可能性も
  • 早期の対策で正常な認知機能に戻ることができる可能性も

「物忘れは微熱」注意すべきサインです

   だれでも年をとると、思い出したい記憶がすぐ出てこなかったり、新しいことを覚えるのが苦手になったりする。日本老年精神医学会前理事長の新井平伊・アルツクリニック東京院長は「もの忘れは、『微熱』のようなもの」と例える。脳機能低下の初期段階で起こる現象で「自然な老化である場合と、疾病の兆しという二つの可能性がありますが、どちらなのか本人にはわかりません。こうした自覚は注意すべきサインです。見逃さず医師に相談しましょう」と朝日新聞Reライフ.netの対談で語っている。

   厚生労働省によると、2022年度の調査で認知症は65歳以上のうち443万人と推計されている。さらに軽度認知障害が559万人と推定されており、合わせて1000万人を超える。高齢化社会を背景に「高齢者の3人に1人が認知機能にかかわる症状がある」と、政府広報オンライン記事「知っておきたい認知症の基本」は指摘する。

厚生労働省「認知症及び軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」から作成
厚生労働省「認知症及び軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」から作成

   にもかかわらず、自分に関係ないと感じている人も少なくないようだ。2025年8月に発表された厚労省研究班の調査がそれを浮き彫りにしている。全国40市町村の13,871人のうち、1083人が「認知症や軽度認知障害の疑いがある」と受診を勧められた。しかし、その後、実際に精密検査を受けたのは79人だけで、受診率は7.3%にとどまったという。

認知症になったら何もできないという固定観念を見直す

   では、なぜ受診に至らなかったのだろう。調査で最も多かった理由は「健康状態に自信があり、自分には必要ないと感じたから」(42.2%)だった。「面倒になったから」(11.8%)、「忘れていたから」(6.8%)、「お金がかかり、経済的に負担だから」(6.0%)といった理由が続き、「認知機能の低下を指摘されても、それを自分ごととしてとらえていないこと」のあらわれと分析されている。

国立研究開発法人国立長寿医療研究センタープレスリリースより
国立研究開発法人国立長寿医療研究センタープレスリリースより

   もし認知症と診断されても、人生は終わりではない。誰もが暮らしやすい社会をめざして「共生社会の実現を推進する認知症基本法」が2023年6月に成立し、2024年1月に施行された。認知症になったら何もできないなどという固定観念の見直しを、患者や家族は期待していた。

「怖がらなくても大丈夫」と「希望大使」は伝えたい

   しかし、2025年10月に内閣府が発表した「認知症に関する世論調査」では、「基本法が成立したことを知らない」が75.8%で、4人に3人を占めている。もし認知症になったらどんな不安を感じるかという問いには「家族に身体的・精神的負担をかけるのではないか」(74.9%)が最多で、「できていたことができなくなるのではないか」(66.2%)も目立った(複数回答)。

   病気についてより広く知ってほしいと、認知症の本人が自分らしく前向きに生きる姿を発信する「希望大使」が、各地で講演などの活動をしている。厚労省や自治体が任命している。東京都品川区に住む「希望大使」の柿下秋男さんは「不安に思っている方には『怖がらなくても大丈夫』『楽しいこともたくさんできる』ということを伝えていきたい」と認知症冊子「しながわオレンジガイド」(令和7年度版)の中で述べている。こうしたメッセージが、受診をためらう人々にも届くことを願いたい。

(ジャーナリスト 橋本聡)

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