近年、クマの出没が各地で相次ぎ、生活圏にまで影響が及ぶケースが増えている。山間部だけでなく、住宅地や観光地、学校周辺での目撃情報も珍しくなくなった。
人的被害を防ぐための判断や、安全確保のための施設閉鎖は避けられない一方で、その結果として発生する費用や損失は、これまで十分にカバーされてこなかった。こうした中で注目されているのが、クマ被害に関連する費用を補償する保険である。
クマが出たら営業停止、その損失は誰が負担するのか
クマの出没は、自治体だけでなく事業者にも影響を与える。観光施設やキャンプ場、ゴルフ場、温泉施設などでは、クマが敷地内や周辺で確認された場合、安全確保のために営業を一時停止する判断が求められる。このとき問題になるのが、直接的な被害がなくても発生する、売上減少や予約キャンセルによる損失だ。
たとえば、農林水産省のデータによると、2023年度のクマによる農作物被害額は7億円、対前年度で+3.4億円とされている。また、東京商工リサーチの調査によると、宿泊業の39.1%がクマの影響が出ていると示した。さらに、岩手県のデータでは、25年度のクマの出没件数が過去最多の9,000件を超えている。
従来の保険では、自然災害や事故による損害は対象になっても、「安全のために閉鎖したことによる損失」は補償されないケースが多かった。こうした課題に対応する形で登場したのが、東京海上日動火災保険の「クマ侵入時施設閉鎖対応保険」である。クマの侵入を理由に施設を閉鎖した場合の利益損失や、対策にかかる費用を補償対象とする内容で、観光・レジャー関連事業者を中心に、注目を集め始めている。
全国に広がる緊急対応保険 クマ問題が「全国の課題」に
クマが人の生活圏に侵入した場合、自治体は迅速な判断を求められる。住民の安全を最優先に考えて、やむを得ず、緊急的な捕獲対応が行われることもある。この際に問題となるのが、対応に伴う費用と責任の所在だ。
25年7月に加入受け付けが始まった東京海上日動火災保険の「緊急銃猟時補償費用保険」は、こうした場面で発生し得る損害を補ってくれる。たとえば、捕獲時の射撃によって、建物や車などに損害が生じた場合だ。このような補償に対して、自治体が負う経済的リスクを軽減する。
この保険は加入受け付け開始後、自治体からの問い合わせが増えて、同年10月末時点で加入する自治体は200を超えたとされている。緊急対応をためらわず、実施するための環境整備として、保険が現実的な選択肢になりつつある。
「安全を守るために動いた結果かかる費用」をカバーする
クマ関連の保険が注目されている理由は、出没件数の増加に加えて、対応にかかるお金と人手の負担が重くなっているからだ。捕獲や見回りを担う人の高齢化が進み、対応できる人数は減っている。一方で、1回の出動にかかる費用や責任は増えており、自治体や事業者が「何とかする」だけでは続かない状況になっている。
ファイナンシャル・プランナーの視点で考えると、こうした保険の特徴は「事故が起きた後の補償」ではなく、「安全を守るために動いた結果かかる費用」をカバーする点にある。事前に起こり得る支出を想定して、突発的な負担を分散する考え方は、家計管理や事業の資金管理と同じ発想だ。
クマ対策は、自然の問題に見えて、実際には、お金と人手の問題でもある。保険は、その負担を一部だけでも仕組みとして支える手段として、現場で現実的に検討され始めている。
【プロフィール】
石坂貴史/証券会社IFA、AFP、日本証券アナリスト協会認定 資産形成コンサルタント、マネーシップス運営代表者。「金融・経済、住まい、保険、相続、税制」のFP分野が専門。