原発事故で避難指示「2、3日で帰れる」はずが 住み慣れた家を離れた15年前のあの日 #知り続ける

まだまだ話せないことがある

   根本さんは相馬市で暮らす。

「『浪江に帰ってよし』と言われても、帰れない。死ぬまで帰れない人が、いっぱいいますよ」

   こう語る。大熊町や双葉町は、JRの駅周辺に災害公営住宅が建設された。だが浪江町は、中心部など「避難指示解除準備区域」が大熊町や双葉町より早く避難指示が解除されたが、駅近くでの災害公営住宅の建設は遅れている。この点、町政懇談会で質問した。

   元々は福島市出身の根本さん。浪江の家はリフォームして貸し出しているが、自身は「今の(相馬の)家を守らなければならない」。浪江に戻るのは難しいようだ。

   根岸さんは、「家が浪江にないので、こだわりはありません」。現在は南相馬市に住み、娘の家も比較的近い。浪江には墓参などで足を運ぶことも可能だ。

   一方で、こうも口にした。

「15年は、あっという間だったけれど、まだまだ話せないことがある人はいます」

   心の深いところにある、なかなか明かせない複雑な気持ちも残ったままのようだ。

(J-CASTニュース 荻 仁)

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