原発建設で潤ったのも確か
原発事故に翻弄された、福島の人々。一方で原発の立地する地域は事故が起きるまでは「潤ったのも確か」と、佐藤さんは振り返る。
震災前、東京電力福島第一原発の関連の仕事に就いた地元民は、少なくない。原発建設にあたって周辺地域には飲食店が増え、すし店には大量の注文が舞い込んだそうだ。
農業をやめて東電や関連会社に就職した人も、少なくなかったという。「給料が桁違いでした」。
だが佐藤さんは、自身の被災体験からこうも話す。
「失ったものは、お金には変えられません」
震災前、親戚縁者としばしば集まって楽しい時間を過ごした。200人ほどの大所帯になることもあった。浪江が全町避難となり、バラバラになってしまった結果、親戚との密なコミュニケーションは途絶えた。佐藤さん自身、現在は新地町在住で浪江に住んでいない。
「浪江で生まれたのだから、浪江で終わりたい」
との気持ちがあるという。