小泉進次郎防衛相が2026年3月11日、「東日本大震災から15年」を迎えての思いをXにつづった。
「震災をきっかけとして出会った人は数知れず、家族のような関係になった人たちも」
小泉氏は「東日本大震災から15年。思うがままに書いてみた」と切り出し、震災発生当時を振り返った。
「当時野党の自民党の一期生だった私は、衆議院議員第一議員会館の自室で仕事をしていました」といい、「携帯とテレビからなり響く緊急地震警報、直後に襲ってきた大きな揺れ、向かい側の第二議員会館が揺れているように見えたこと、廊下の防火扉が閉まる音、安否確認で電話した横須賀の叔母が『庭の木にしがみついた』と話していたこと...。あの日のことはよく覚えています」という。
その上で、「この15年間、福島、宮城、岩手をはじめ、震災をきっかけとして出会った人は数知れず、家族のような関係になった人たちもいました」とした。
「東北の皆さんはいつもあたたかく迎えてくれました。笑顔の裏にある涙を隠して、静かな強さで、凛として、自分の足で立って生きている。そんな皆さんにどれだけ励まされ、救われたことか」
また23年には、元環境相として福島の海でサーフィンをし、福島第一原発の処理水について安全性をアピールした小泉氏は、「福島の子どもたちとサーフィンした思い出は私の宝物です」と振り返った。
このほかにも多くの人々との思い出を明かした小泉氏は、「名前を挙げればきりがなく、語り尽くせぬ思いと、言葉にできない感謝が東北の皆さんにあります」とした。
「ブルーインパルスから勇気をもらった人たちは多くいるのに」
小泉氏は「今、私は防衛大臣として、当時、全身全霊で任務に従事した自衛隊を率いる立場になりました」とし、改めて思いをつづった。
「あの時、家族の安否が不明な中で、黙々と任務を遂行した自衛隊員。その自衛隊の部隊が被災地での任務を終え、被災地の皆さんに別れを告げる離任式において涙で感謝を伝えてくれた東北の皆さん」
「自衛隊の築き上げた信頼は、東北の被災とそこから立ち上がって、今もなお悲しみを抱えながらも前を向いて必死で生きている皆さんと過ごした日々を礎にしているとも感じています」
また、「この週末、ブルーインパルスの江尻隊長が飛行中に東北の海岸線を見ながら、『自分たちは飛ぶことしかできない』と絞り出すように話していました」とも明かした小泉氏。
「ブルーインパルスから勇気をもらった人たちは多くいるのに」とつづり、「ブルーインパルスに限らず、自衛隊員は今もあの時の悔しさ、悲しみ、被災地の皆さんから頂いた優しさ、あたたかさ、その熱を持ち続けながら今日も任務を遂行しています」とした。
「15年という月日に思いを馳せ、今日は黙祷を捧げました。東北の皆さん、本当にありがとう。これからもどうぞよろしくお願いします」と感謝をつづった。
東日本大震災から15年。思うがままに書いてみた。…
— 小泉進次郎 (@shinjirokoiz) March 11, 2026