辺野古沖事故「他責、すり替え」はおかしい 被害者は「誰かの主張のために沖縄へ行ったわけではありません」

どんな主張も、個人の命や名誉より優先されるべきではない

   沖縄の基地問題は、一言で片づけられるものではない。

   そして、その反対運動の根底にある平和への思いは、実に貴い理想である。

   だが、運動がいかに崇高なものであれ、人命が失われた事故であることには変わりがない。

   いかなる主張も、罪のない個人の命や名誉より優先されるべきではないはずだ。

   にもかかわらず、被害者をイデオロギーの犠牲者かのように扱うことは、間違いだろう。

   権力の監視や平和を掲げる社会運動が、その過程で個人の尊厳を踏みにじるのは本末転倒ではないか。

   こうした風潮が広がること自体が、平和運動への偏見につながりかねない。

   まずはヘリ基地反対協議会が述べたとおり、「事故原因究明」がなされるべきである。

   特定のイデオロギーによって事実が歪められないよう、社会全体による冷静で成熟した議論が望まれる。

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