2018年 12月 11日 (火)

【IEEIだより】福島レポート メディアの功罪「風評払拭」の落とし穴、発信力が持つ暴力性(越智小枝)

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   「今でも福島のイベントなんてやってるところなんてあるの?」

   つい先日、東京の知り合いにそう聞かれました。3.11が近づき、東北地方では復興イベントが目白押しである最中の質問です。自分で気づかずにいた風化という現実を、目の前に突き付けられたような気がしました。

  • 東日本大震災から7年、復興半ば……
    東日本大震災から7年、復興半ば……

メディアは「日常」を発信できるか

   復興庁ではようやく2017年末に「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」が打ち出され、国はようやく本腰を入れて風評被害の払拭にとりかかろうとしています。しかし震災から7年もたったこの時期に風評払拭を始めることは、容易ではありません。既に固定化しつつある風評と戦うためには、風化の速度を上回るだけの強力な発信を行うことが必要となるでしょう。

   実際、この「強化戦略」の中でも、「継続的・効果的な発信」「草の根・口コミによる発信」など、様々な形での発信の必要性が繰り返し述べられています。

「日常を伝えたい」
「普通を伝えたい」
「美味しいを伝えたい」

   それは、風評に悩む方々にとって、ごく自然な感情だと思います。しかし一方で、私は「とにかく発信すればよい」という「発信ブーム」には、多少の危機感も覚えています。なぜなら、どんなに善意で行ったとしても人を傷つけない発信は存在しないからです。

   発信とは一つの「力」です。力のある所には必ず反動があります。その反動を理解せず発信力だけを強化すれば、同じだけその「副作用」は大きくなってしまうでしょう。私たちは、今改めて、福島に見る発信の暴力性について思い出さなくてはいけないのではないでしょうか。

   使い古された言葉ですが、
「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースになる」
という言葉があります。

   「人が犬を噛んだ」という特殊な事件を報道するのがニュースの基本であるにもかかわらず、人々はなぜかマスメディアが報道することが「一般的な真実」だと思いがちです。

「賠償金をもらった人がみんな放蕩三昧をしているんでしょ」
「東京では『なんで自分たちが福島の賠償金を払わなくてはいけないんだ』って言って電気代を払いたがらない人が多いんでしょ」

   私自身、そう聞かれたことがあります。これらのイメージは、報道により強く植え付けられたイメージが一般的なイメージとして一人歩きしてしまったよい例だと思います。

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