「ボンカレー」今と40年前 味の違いは?

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   きのう2月12日は「レトルトカレーの日」なのだそうだ。40年前の1968年のこの日、世界初のレトルトカレーが発売になった。日本人ならだれでも知っている大塚食品の「ボンカレー」だ。

頬ずりしたくなる

   みのもんたは「なつかしいですね。わたしの青春ですよ」と、相変わらず調子がいい。

   発想のもとは、月着陸のアポロ計画。ここで使われた「レトルトパック」をカレーと結びつけたのだった。しかし、当時はあまりにも画期的だったから、消費者からまずは疑いの目が向けられた。それをうち破ったのが、女優松山容子のホーロー看板と、松山と佐野周二が出演したテレビCMだった。

   営業担当者は、全国の販売店に、ホーロー看板をつけて歩いた。「背広着て、クギを打って回った」という。1日15枚のノルマで、全国に9万5000枚になったそうだ。

   テレビのCMに俳優が登場するのも、まだ珍しかった。70年代には,当時人気だったドラマ「子連れ狼」のパロディーを笑福亭仁鶴さんが演じて、「3分間待つのだぞ」は、流行語にもなった。さらに78年に新商品「ボンカレーゴールド」を出したときは、王貞治さんが登場している。

   大塚食品の徳島工場ではいま、日に50万食を生産しているそうだが、殺菌用のレトルト釜は、最初にひとつづつ手作りしたものがいまだ現役、というから驚く。

   スタジオに、ボンカレーの「40年前の味」と「いまの味」の食べ較べ。

   「両方うまい」(みの)
 「いまの方が辛目ですね」(柴田秀一)
 「当時は、日本のカレーは甘かったんだ」(与良正男)
などとワイワイ。
 「完食しちゃった」とみのは、1人前を平らげてみせた。

   松山容子さんからは、メッセージが寄せられた。「ボンカレーのお姉さんとよばれてました。40年もの長い間愛され続けたことは、ひとえに皆さまのおかげ」と。
   するとみのが、40年前の写真を指して「このときと寸分変わらぬお姿でいまもご健在で。ま、多少年をとったかもしれませんが」と。当たり前だ。寸分違わなかったら気持ち悪いよ。

   みのは「地方へいくと、ときどき看板みかけるんですよ。なつかしくてね。お宝鑑定団になる」といっていたが、なぜか、番組の最後になってホーロー看板が持ち込まれた。たしかに貴重なものだろう。

   みのは「頬ずりしたくなる」などと、どこまでもお調子ものだった。

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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