梅宮辰夫 山城新伍を偲び「懐かしい一コマだ」

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   <テレビウォッチ>俳優の梅宮辰夫が2009年8月19日のブログで、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した山城新伍を偲んでいる。

   2人の出逢いは今から40年ほど前、昭和44年頃のことだった。当時は日本映画の興隆期で、6つある映画会社では月に48本もの作品を作成していた。2人が在籍していた「東映」では、現代劇では東京、時代劇では京都の撮影所を使う。

   山城はある時、京都から東京へ移ってきたという。2人は、その時以来の付き合いとなる。共演した作品は数え切れないほどだったことにくわえ、山城は朝な夕なに梅宮の部屋をたずねることもよくあった。

   「当時は新伍は未だ個室が与えられてなかった。『又、夕べも帰ってないのか?』と言うと、『イヤ、そんな事はないヨ』と言いながら下着を替える。懐かしい一コマだ」

   梅宮は、今回の山城の密葬には諸々の事情によって、出席出来なかったのが「何か凄く心残りだ」という。しかも、山城とは約束があって、「生き残った方が葬儀委員長を務める事になっていた」。これは親友達みなが知っていたことだったらしく、それゆえ梅宮は山城に、「『オイ、話が違うぞ!』と詰められそうだ」と書いている。

   そして、ブログでは最後に山城に向けて、こんな言葉を贈っている。

   「でも俺も、もうすぐ72だ! そんなに遠くは無いと思うぜ。お前の好物は上海ガニだったよナ。俺が逝く時、時期が合えば、必ず土産に持ってってやるぜ。成仏してろヨ」

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