「梨元勝さんはマイク持った目明かしだった」(ジャーナリスト・鳥越俊太郎)

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   「恐縮です」の元祖「突撃芸能レポーター」、梨元勝がおととい(21日)亡くなった。肺がんを公表したのが6月で、今月初めには自宅からの映像コメントも出していたのだが、あっけなく逝った。まだ65歳だった。

   自宅での映像は病院から一時帰宅した8月5日に撮影され、抗がん剤の影響で頭髪はなかったが、見たところは元気そのもの。「恐縮です」のキャッチフレーズから入るのだが、咳き込んだりしながら、「自宅に戻りました。これから3回目の抗がん剤の準備です」という短いコメントを何度も撮り直していた。

最後までツイッターでレポート

   「スパモニ」では93年4月のスタートからレギュラーだった。その真骨頂は取材現場での容赦のない問いかけ。相手が嫌がることでも平気で聞く。そのくせ「本当にすみません」「恐縮ですが」を連発して、憎まれない人柄だった。

人間として愛された

   秋吉久美子、武田鉄矢、黒沢久雄・林寛子、加賀まりこ、池田満寿夫・佐藤陽子、森繁久彌、藤山寛美、勝新太郎、林家三平、「一杯のかけそば」の栗良平、ダイアナ妃からマドンナまで、いろいろな場面が出てくる。

   千昌夫が「本当に殺してやりたいと思いましたよ。でも彼の人柄でね、直接電話して来たり、ホットラインができて、あの人に追われてないと、芸能人でないような気がしてきました」と偲んだ。

   講談社の雑誌記者出身だが、自らも「書くのはだめだから、ライターじゃなくてスピーカー」といい、「突撃レポーターと呼ばれることに誇りを感ずる」と言っていた。しかし、76年に最初にテレビに出た時は、自分でも「芸能レポーター? 何をやるんですか」と言っていたのだそうだ。

   ピーク時はテレビや雑誌の連載などレギュラー30本。過労や太り過ぎで何度も入院しているが、そのたびに前にも増して活動的になった。05年には「スパモニ」を離れ、その際、赤江珠緒キャスターから花束が贈られた。その後も、現場にこだわり続け、今回も病床から最後までツイッターで発信を続けていた。

   8月17日の最後のメッセージにはこうあった「こんばんは。なかなか寝付けません。しばらくテレビを見ます。一人でトイレに行けないのが辛いです。いつも応援メールを本当にありがとう! 励まされます。頑張りまーす」

「梨元に言いつけるぞ!」

   芸能レポーターのみといせいこは、まだ信じられないという。

「最後に会ったのは6月でしたが、こんな検査をしているんだというようなことを延々としゃべっていた。まさかこんなに早く。本当にびっくりしています」

   自らもがん治療の経験があるコメンテーターの鳥越俊太郎はこう言う。

「筑紫哲也さん、井上ひさしさん、つかこうへいさん、みな肺がんですね。手術できない、抗がん剤しかないという点で、ボクは危ないかなと思っていた。  芸能界を徘徊する十手、目明かしみたいな人。十手の代わりにマイクで、しかも同じ目線で聞く人情味のある目明かしだった。これ大事なことで、人間として愛された」

   タレントの松尾貴史「個人対個人で、人間として取材していた」

   「梨元に言いつけるぞ」を流行らせたのは俳優の山城新伍だったが、彼はひと足早く旅立った。あちらの世界で、温かく迎えらているだろうか。 

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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