甲賀忍者は江戸時代にも暗躍していた!「忍術書」見つかり、存在が証明

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   忍者の里、滋賀県甲賀市で江戸時代初期に書かれたとみられる「忍術書」が発見された。伊賀と並んで名高い「甲賀忍者」だが、豊臣に追われて歴史の舞台から去ったはずだった。それが江戸時代にも存在していた貴重な証拠だという。一体何が書かれているのか。

   発見したのは、渡辺俊経さん(79)。自宅の土蔵の中の古いタンスの中にあったという。綴込みではなく、巻紙の形で、 墨黒々と箇条書きにも見える文字が並んでいる。渡辺さんは、「私に読む力がありませんでしたが、ただ、『忍』というのはわかりましたから、あれ、あれという感じだった」という。

   渡辺さんはさらに、「それぞれ修行して(技を)身につけて、最後は誰かに引き継がないといかんですから、そのために書きまとめていた様子が見えるわけです」という。

   甲賀市は今でも「忍者の里」で売っている。町中いたるところに「忍者」がある。壁画、人形、「忍者飛び出し注意」なんていう標識もある。2月22日の「忍者の日」には市役所職員は忍者のコスプレで執務するのが習わしだ。しかし、忍術の実態がどんなものかを示す資料はなかった。

毒薬、火薬の作り方も

   渡辺さんらが2年間かけて解読した「忍術書」の中身は「敵を撃退する方法」「毒薬の作り方」「火薬の作り方」など、大変なものだった。

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   「(毒薬は)天然にあるものを組み合わせて作る」(渡辺さん)。「ハンミョウ、とかげを丸焼きにして、粉末にしたものを井戸に入れるべし」。火薬では「硫黄、灰、樟脳、鼠糞を配合すべし」。敵襲から助かるには、「卍の一字を記すべし」と、これは意味不明だった。眠薬の調合もあった。「糞虫の抜け殻やたばこの粉を火であぶるべし。その煙で敵は眠る」とあった。

   忍者に詳しい三重大学の山田雄司教授は、「細かな技術よりも、人とのコミュニケーションから情報を得るのがうまかった」という。市では、第2、第3の渡辺家を発掘して歴史を紐解いていきたいと期待を込める。

   野上慎平アナが忍者の扮装で現れたが、司会の羽鳥慎一が「目立ちますよ」という。「甲賀市からお借りしてきました」「コウカと読むんですね。コウガだと思ってた」「そうです。濁りません」

   羽鳥「渡辺さんみたいな家はまだあるかもしれない」

   野上「調べたら、末裔が88世帯あったそうです」

   この忍術書の内容を調べると、毒薬は効果がありそうだが、眠り薬については、専門家から「たばこの粉には覚醒作用があって逆効果では?」という指摘があったそうだ。

   羽鳥「おかしいな、眠らない。敵が元気になっちゃったと」(笑)

   それよりも、歴史資料としては一級というのは、前出の山田教授。1585年に秀吉によって追われた甲賀忍者が、江戸時代にも存在していたことを示すのだという。契約書も出てきており、頼まれれば忍者になる。ただし、口外無用などとあるという。この文書が書かれたのは、1670年頃だ。

   菅野朋子(弁護士)「忍びでも、ちゃんと文書を残すんですね」

   玉川徹(テレビ朝日ディレクター)「それを財務省は破棄しちゃった」(笑)

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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