2018年 7月 16日 (月)

連続出場支えた衣笠祥雄の妻・正子さん「無言のサポート」偏食直そうと料理店弟子入り

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   プロ野球の元広島カープ・衣笠祥雄さんがおととい23日(2018年4月)、上行結腸がんのため死去した。「鉄人」といわれ、連続試合出場の世界記録を達成、後に大リーグ記録は抜かれたが、引退まで2215試合に伸ばし今も日本記録として残る。71歳の生涯だった。

   「野球を通じていろんな人に会ってきた。その中で一番強い影響を与えられたのは女房だろう。これだけは、間違いない」。著書『水は岩をも砕く 衣笠祥雄』にそう書いている。

   17年間休みなし。骨折しても試合に出る。鉄人の野球人生を支えたのは妻の正子さんだった。2人の出会いは正子さんが送った1通の手紙だった。衣笠さんが甲子園で活躍していたころのファンで、その手紙がきっかけになった。

引退にもただ一言「ご苦労様でした」

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   結婚後、正子さんはあらゆる面で夫をサポートした。著書に詳しく書いてある。食事については<(私は)結婚するまで肉と卵以外ほとんど食べなかった。彼女は手を変え、品を変えて私の偏食を直すことに挑戦し続けた>

   偏食家だった夫のために京都の料理店に弟子入りして、さまざまな料理の方法を学んだ。<ある時は飲み干したスープにカボチャが入っていたと後から知らされ、ある時は、卵とじに入った嫌いなグリーンピースをいつのまにか食べていた。いつも無言のまま野球生活を支えてくれた>

   最初に引退を伝えたのも正子さんだった。正子さんは驚きもせず、「お疲れ様、ご苦労様でした」とねぎらってくれたという。

「サードで背番号3は長嶋茂雄さんじゃない」(青学・原監督)

   司会の国分太一「鉄人という衣笠さんが活躍する裏には、奥様の支えがあったのですね」

   司会の真矢ミキ「妻が一番影響を与えた人という言葉はすごいですね」

   原晋(青山学院大学陸上部監督)「(広島県出身なので)サード、背番号3といえば長嶋茂雄さんではなく、衣笠選手でした」

   国分「天国に行って休んで下さい、といっても、衣笠さんは野球をすると思いますね」

文   一ツ石 | 似顔絵 池田マコト
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