2020年 10月 24日 (土)

東電原発事故から9年 いまだ家に戻れない福島・津島地区1400人「人生の目標を失ったままです」

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   東京電力福島原発事故から9年、福島県浪江町の津島地区は帰還困難区域のままだ。住民1400人は今も県内外で避難生活を続け、多くがPTSDやうつ症状に苦しんでいる。

   精神科医の蟻塚亮二さんらが昨年(2019年)、津島地区住民に大規模な心の調査を行い、513人が回答した。PTSDの疑いが48%、絶望感・不安障害(うつの疑い)が28%だった。うつの疑いは、原発事故の全避難者の平均6.4%に比べ、蟻塚さんも驚く高さだった。

   武田真一キャスターが、2013年に取材した柴田明範さん(53)・明美さん(55)夫妻を尋ねた。昨年の調査で、明範さんは「出来事インパクト指数」で59点だった。25点以上だとPTSDが疑われるという指数で、基準の2倍以上だった。明範さんは「目をつぶると、戻りたいと思っちゃう」という。自宅には防護服を着て、イノシシ除けの防護柵を乗り越えないと入れない。それでも「いつかまたここで暮らせるのでは」と思ってしまうのだそうだ。

避難先で嫌がらせ受けても帰るところがない

   聞き取り調査に孤立感を訴えた50代の菅野あゆみさん(仮名)は、「理由もなく涙が出る」という。県の内陸部に移り、賠償金とローンで家を持ったが、新しいご近所とのミゾに悩む。「新しい家の避難者」という冷たい視線を感じ、「後ろめたさ」「罪悪感」がある。その度合いは、県外避難者に高いという。

   山梨・甲府市に住む石井拓さん(55)は「インパクト指数」が47点だった。9年間、慣れない土地で家族を守ってきた。最初に受けたのが、子どもたちへの誹謗中傷だった。「放射能がうつる」「汚いから来るな」。それでも、放射能を考えると、福島へは戻れなかった。だから余計に故郷への思いはつのる。「胸の内を語れず抱え込んできました。美しい津島はもうありません。全部山に飲まれた。悲しい。なんでこうなった」

   復興の拠点として除染された津島中学校の校庭で、今野秀則さんは「運動会などの催しでの交流が、地域の絆でした。それが原発事故で根こそぎ失われて、辛い9年間を過ごしてきました」と語った。

   蟻塚さんは「人は困った時、悩みを聞いてもらえて生きている。それができないと、トラウマになりますよ」という。大阪市立大学大学院の除本理史教授は「賠償はもう十分だろうとか、自己責任を言う向きもありますが、住民には重荷になります。社会全体が目を向けなくなっているのではないでしょうか」と警鐘を鳴らす。

文   ヤンヤン
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