2020年 9月 26日 (土)

三浦春馬は子供の頃、母親が大好きで母親のような年上女性に親しみを抱いた。だから5歳年上の蒼井優と付き合った時期もあったが、母親は変貌していった...

創業100年以上、大正製薬こだわりの品質。乳酸菌が入ったごぼう茶でいきいきとした毎日を。

   三浦春馬の自殺の原因は、実母、および義父、実父とのカネを巡る確執に悩んだためだと、文春は結論付けたようだ。

   幼い頃の両親の離婚、母親との二人だけの生活、母親の再婚と、「奔放」な母親とともに三浦は多感な青春時代を送ったが、傍から見ても母子は仲がよく、絆は強く見えたという。しかし三浦がスターへの階段を上るにつれ、息子にカネが入って来ると、母親はそれを湯水のように使って、生活も親子関係も変容していったようだ。

   三浦と親しかったAは、今から約3年前、こんなことを打ち明けられたという。

   「結局お金のことばかり。今はとにかく両親と関わりたくない。二度と会いたくない」

  • 三浦春馬(2012年撮影)
    三浦春馬(2012年撮影)
  • 三浦春馬(2012年撮影)

実父からも「お金が苦しいから支援してほしい」と頼まれ、ひどく落ち込んでいた

   母親には携帯電話の番号も教えず、「頭に来たから、地元の役所に行って、籍を抜いてきた」といったそうだ。三浦の「遺書」には、「母とは5年以上会っていない」「自暴自棄になり、どう死のうかといつも考えていた」と記されていた。

   幼い頃に別れ20年ぶりに会った実父からも。「お金が苦しいから支援してほしい」と頼まれ、ひどく落ち込んでいたそうだ。

   母親の妹は、「母子の縺(もつ)れについて」文春に聞かれ、こう答えている。

   「やっぱり、そういうことはあったんじゃないのかなって思いますね。私生活だって、だんだん派手になっていったしね。持っている車だってそう。(中略)みずから命を絶ったということは、よっぽど悩んでいたのでしょう」

   三浦春馬は女性観について聞かれると、「年上の女性のほうが頑張り過ぎないで良い」と答えていたという。実際、2013年の夏頃には、5歳年上の女優・蒼井優と付き合っていたそうだ。

   子供の頃は母親が大好きで、母親のような年上の女性に親しみを抱いた。だが、その母親がカネに執着して変わっていく姿が、彼には許せなかったのかもしれない。

元木昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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