2020年 10月 26日 (月)

戦時中、兵士と文通していた女学生...昨年の放送後、「兵士はどんな人なの?」と大きな反響。Hey!Say!JUMP伊野尾がその後を取材すると、新たな事実が...

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   きょう26日(2020年8月)のあさイチは、戦争中のくらしのエピソードを紹介する「#あちこちのすずさん」特集だった。

   Hey! Say! JUMPの伊野尾慧さんが昨年(2019年)7月に出会った大阪・三島郡の溝渕栄美さん(当時93)は、16歳からの3年間、一人の兵士と文通していたという

   学校で戦地の兵士を励ます手紙を書くよう言われ、半ば義務感で書いた手紙だったが、負傷兵を治療する任務に当たっていた富崎康夫さん(当時21)から返事が来たことで文通が始まった。互いの何気ない日常を送り合い、時には淡い恋心をやり取りするようなこともあったが、1年ほど経つと辛い戦地の様子が送られてくるように。そして太平洋戦争が終わる4か月前、康夫さんの便りは途絶えたという。結局二人が会うことはなく、栄美さんは「会ってみたかった」と遠い目をしていた。

   近江友里恵キャスター「このVTRを放送(2019年8月)した後、『康夫さんがどんな人だったのか、その後どうなったのか知りたい。誰かわかりませんか』という反響が数多く寄せられ、今回改めて取材をしました。すると新しい事実がわかってきました」

歳の離れた兄の花屋を手伝う少年...6月にセブ島で戦死していた

   栄美さんに送られた手紙によると、康夫さんは花の種類や生け方に詳しかった。手紙に残された康夫さんの実家があった神奈川・横須賀市に伊野尾さんが出向くと、近所に「花吉」という大きな花屋があったことがわかった。

   今は売物件となってしまっていたが、管理する不動産屋を訪れると、花吉を営んでいた家族に康夫さんを知っている人がいると判明。当時康夫さんと同居していた、康夫さんのめいの古賀加津江さんに会うことができた。

   仏壇にあった折り本を見てみると、康夫さんは1945年6月18日、フィリピンのセブ島で戦死していた。

   伊野尾さん「あ~...ちょっと涙出そう。富崎さんの名前書いてある。切なく寂しいなと思ってしまうのはどうしてなんだろう」

   康夫さんの実家は人力車の店を営んでいて、再婚だった母の連れ子を含めて7人兄弟の大所帯だった。歳の離れた兄の蔵之助さんが実家の一角で花屋を始め、康夫さんは店を手伝ったり生け花を習ったりしていた。蔵之助さんの娘が加津江さんだったというわけだ。

   今回わかったことをビデオ通話で栄美さんに報告すると、「75年も昔の話でしょ。夢のようで近くのようで、変な感じ」と笑顔を見せていた。

   近江キャスター「康夫さんから栄美さんに初めて手紙が届いたのが8月18日だったので、栄美さんはこれまでも毎月18日に戦地で命を落とした兵隊さんたちのためにお祈りをしてきたそうです。今回の取材で康夫さんの命日が6月18日だと判明して、月命日が合っていたことがわかりました。今回康夫さんの親族が見つかって栄美さんがとても喜んでくださって、私たちもよかったなと思いました」

文   ピコ花子
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