2024年 4月 25日 (木)

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死刑囚の娘という地獄「和歌山カレー事件」林眞須美の長女 事件から離れて幸せになりたいともがき続けた末の心中

   話はガラッと変わる。殺人犯の娘という人生がどれほど過酷なものか、私には分からないが、和歌山カレー事件で有罪になり、死刑宣告を受けている林眞須美(59)の長女が自殺したという記事を読んでいて、涙を禁じ得なかった。

   カレー事件が起きたのは1998年7月25日。和歌山市園部の自治会が主催した夏祭りで、そこで出されたカレーライスで4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒になった。その犯人として近所に住む林が逮捕され、2009年に殺人罪などで死刑判決が確定したが、林は一貫して無罪を主張し、和歌山地裁に再審請求をしている。私は、林死刑囚が主張していることが正しいと判断する何ものも持たないが、確たる物証がなく、状況証拠だけで有罪とした裁判のやり方には、いささか違和感を持っている。

   林が逮捕され、父親の健治も保険金詐欺の容疑などで逮捕された時、林家には4人の子どもがいた。なかでも当時中学2年だった長女は、母親似で気丈だった。和歌山市内の児童養護施設に入所したが、事あるごとに「殺人犯の子ども」と激しいイジメを受ける。でも、いつでも長女は母親代わりのように振る舞い、下の子たちを守ってくれたと、週刊文春で長男が話している。

   長男は、「二人の姉と三人で施設を脱走して、和歌山東警察署前で『ママと健治を返せ!』って叫んだんです」、音頭を取るのはいつもお姉ちゃんだったという。中学を卒業した長女は、推薦入学で県立高校に入学したが、正門前で待ち構える報道陣や、奇異の目を向ける同級生に嫌気がさし、間もなく退学してしまう。

   身一つで大阪に向かった彼女は、公園で野宿しながら、やがてアパレル企業の営業職に就いたというから、頭もよく頑張り屋なのだろう。施設を出て一人暮らしを始めた次女のことを心配して、長女は和歌山に戻ったという。

   そんな彼女にも幸せが舞い込む。20歳になった彼女を、次女の同級生が見初めたのだ。彼は、「死刑囚の娘との結婚は絶対許さない」と猛反対する両親にもめげず、親から勘当されても、長女と出来ちゃった婚したのである。子どもには「心桜(こころ)」と名付けた。保険金詐欺で服役していた父親も出所して、親子4人で水入らずの時間を過ごしたこの頃が、長女の一番幸せな時期だったのかもしれない。

   2009年に母親の死刑が確定した。長女は25歳だった。その頃から彼女は「お母さんはやってないと信じても、世間はそうは思ってくれない」「事件から離れて、私は幸せになりたい」とこぼし始めたという。支援活動からも身を引き、弟とも会わなくなった彼女は、和歌山市内のアパートで家族3人の生活をスタートさせた。心桜は周囲に「母親はいない、離婚した」と語っていたという。そして約8年前に2人は離婚し、間もなく、2番目の男と再婚して次女を出産している。

   心桜は不登校になり、彼女に対する虐待を疑わせる報告が児童相談所に上がっていたが、そのままになっていた。そして6月9日(2021年)。心桜(16)の変死体がアパートで発見された。「全身には多数の痣があり、長期間の虐待を裏付ける古い傷もあった」(捜査関係者)

   その2時間後、長女と彼女の次女が、関西空港近くの関空連絡橋から海へ身を投げ、無理心中していたのが発見された。現在の夫は、心桜の救急搬送に付き添ったが、その後、行方が分からなくなった。和歌山港近くで身柄を確保され、心桜への虐待については認めているという。

   長女が身を投げた場所は、子どもの頃、一家でよく遊びに行った楽しい思い出のあるところだった。長女の死を聞いた長男は、安堵にも似た表情を浮かべ、こう語った。「『もう楽になったんだ。ゆっくり休めるんだな』って思った。『ちょっと羨ましいな』みたいな気持ちもあった」

   母親の死刑判決の直後、長女は手紙を出し、こう書いた。「ママは一人じゃないねんから」。もし、林眞須美が主張するように冤罪だったとしても、長女の人生は戻っては来ない。

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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