2024年 4月 26日 (金)

中国美人ハニートラップにかかった朝日新聞やり手記者!別れ話こじれて不倫暴露のメールばらまき

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   『週刊文春』に朝日新聞記者が「中国美人」の罠に堕ちたと、思わせぶりな記事が載っている。この記者A氏は、優れた国際報道をした記者に贈られる「ボーン・上田賞」を受賞したことがあるという。

   週刊文春によれば、<A記者の名声が社内外で高まるきっかけとなったのは、上海支局長時代の二〇十一年七月に発生した中国版新幹線の衝突事故だった。中国当局が証拠隠滅のため、脱線した新幹線の先頭車両を地中に埋めたことをA記者がスクープ。この一報は世界中でトップニュースとして報道され>、それにより受賞したそうだ。現在は北京の中国総局に在籍し、精力的に記事を書いているエース記者である。

   そんな彼に上海時代の不倫話があるというのである。中国特派員が相手の彼女のことをこう語る。<「彼女は、テレビ東京の上海支局に勤務する中国人スタッフのBさん(30)ですね。彼女は天津財経大学を卒業後、テレビ東京の現地スタッフとして採用されました。日本語、英語も堪能で非常に優秀な女性です」>

   彼女は女優並みの美貌の上に巨乳だそうだ。そんな彼女と手を繋いで歩いているところを何度も目撃されるようになったというのである。それだけではなかった。朝日新聞関係者が驚くべき証言をしたという。

<「A記者は、しばしば支局にBさんを連れ込んでいたようです。二人が中で何をやっていたかまでは知りません。しかし、彼女が支局の端末を使ったことがアクセス履歴から発覚したのです。他社の関係者、しかも中国人を支局内に連れ込んで、そのうえ機密情報が入っているパソコンを触らせていたのはさすがにマズいのではないかと、内部でも問題視されました」>

   中国特派員の経験がある人間が、支局に勤める助手や運転手は中国当局の管理下にあると考えて間違いないといっている。要は、あまりにも脇が甘いということのようである。

   さらに悪いことに、彼女は相当気性が激しいらしく、A記者が上海を離れ北京に異動することになって、彼からBさんに別れ話を持ちだしたことから、ひと騒動になったという。事情を知る関係者がこう語る。

<「Bさんは気性が激しい上に酒好き。彼女の微博(中国版ツイッター=筆者注)の自己紹介欄には『酒鬼』と書かれていましたが、これは酒乱という意味です(笑)。A記者に別れ話を切り出された後、酔った勢いなのか、彼女はA記者との写真など不倫関係を暴露するメールを各方面に流出させたのです。『A記者から弄ばれた上に捨てられた』と、怒りがにじみ出た文面でした」>

   こうしたことが影響したのか、A記者は北京赴任から1年と経たないのに、近くワシントンに異動することが内定したというのだ。

   朝日新聞広報はプライバシーに配慮のため説明できないとしているが、パソコン端末を操作させていたことはなく、異動はこの件とは関係ないと回答している。ということは、こうした女性とのトラブルがあったことは否定していないようである。

   げに恐ろしきは女の執念。このA記者も心から思い知ったかもしれない。

今井メロやがて悲しき五輪選手…つきあった男に「ハメ撮り動画」脅され500万円

   今年4月(2013年)に講談社からヌード写真集を出版して話題を集めた今井メロ(25)という女の子がいる。スノーボード日本代表としてメダルを期待されたが、トリノ五輪で惨敗。以来7年、彼女は着地を失敗した後のように、人生の坂道を転げ落ちていったと週刊文春は書いている。キャバクラ嬢、デリヘル嬢への転身、2度の離婚、生活保護受給、整形手術をして転落人生をカミングアウトして芸能活動を始め、ヌード写真集も出したが、思うようにはいかなかったようだ。

   そのうえ、男と付き合いだしたが、<「薬物を吸引している写真や動画をネタに、男から脅されている。数百万のギャラはその男のために費やしてしまった」>と、泥沼のトラブルになっているというのである。

   メロ自身がこう語る。<「元恋人のAの間でトラブルが続いていることは事実です。でも、私は薬物はやってないし、そんな写真や動画は存在しません。Aとは昨年十月に私の誕生パーティで知り合い、今年一月から交際を始めました。当初はシングルマザーの私を気遣ってくれるいい人でしたが、しばらくして豹変した。

   私とのセックスのハメ撮り動画をばらまくと脅しお金をせびるようになったのです。これまで約五百万円を彼に脅し取られました」>

   だが、Aにいわせると、お金はすべてメロが貢いできたのだと主張している。藪の中だが「もはやメロが芸能活動を続けられる状態ではないことは間違いない」と週刊文春は書いている。

   オリンピックで一時的にスポットライトが当たったために、そのことが忘れられずにその後の人生を狂わせてしまう元選手は多い。彼女もその中のひとりなのだが、まだ若い。もう一度、一から始めるしか再生の道はないだろう。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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