2018年 8月 18日 (土)

急逝の大杉漣さん、緊急追悼「徹子の部屋」で明かしていた芸名の由来とフォークソングの関係

印刷

   名バイプレーヤーとして活躍した俳優、大杉漣さんが66歳で急逝したことを受け、芸名の「漣(れん)」(本名は孝)が誕生したきっかけのエピソードを関係者がツイッターで紹介した。

   大杉さんが、若いころから大のフォークソング好きだったことが関係していたのだという。

  • 画像はブログから
    画像はブログから

「息子さんの名前を芸名に下さい」

   大杉さんの死去は2018年2月21日夜に公表された。ほどなく、マルチ弦楽器奏者の高田漣さん(44)はツイッターで、

「信じたくないです。あんなに強い人が...」

と投稿。続けて

「若き日の頃の大杉さんは父・高田渡の所にやって来て息子さんの名前を芸名に下さいと直談判に来たという」

というエピソードや、その後の大杉さんとの交流に触れ、

「優しい大先輩でした」

と追悼した。つまり、高田漣さんの「漣」の字をもらって、大杉さんが「大杉漣」の芸名をつけた、というわけだ。

   高田漣さんの父で故人の渡さんは、1960年代に活動を始めた伝説的フォークシンガーとして知られる。大杉さんは若い頃からフォークシンガーにあこがれ、自身でも演奏していた。そして、好きな歌手だった高田渡さんに頼んで、息子・漣さんの名前を芸名としてもらったのだ。こうした経緯は以前、テレビのトーク番組の中で大杉さん本人が明かしていた。

   大杉さんが急逝した翌日の2月22日、黒柳徹子さん司会のトーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)は予定を変更し、緊急追悼番組として、大杉さんが過去に出演した2回の内容を放送した。2000年(大杉さん48歳の時)と05年(同53歳)の回で、芸名「漣」については、00年の放送で語っていた。

「好きな歌手」の息子の名前

   黒柳さんが「『漣』という名前は、非常に珍しい...」と話を向けると、大杉さんは、

「『さざなみ』とも読むんですけど。東京に徳島から出てきて、フォークシンガーの高田渡さんという方がいらっしゃって、好きな歌手だったもので、息子さんの名前が『漣』で、(それを)頂いた」

と、芸名をつけた経緯を説明した。

   さらに、大杉さんは番組内で、黒柳さんからフォーク曲の演奏を勧められ、ハーモニカとギターを自身で奏でながら、泉谷しげるさんの「白雪姫の毒りんご」を披露した。05年放送回では、大杉さんのサッカー好きの面に焦点をあてたトークをしていた。

   先に紹介したツイッターで、高田漣さんは

「時折(大杉さんから)頂く何気ないメールがもうこないのかと思うと悲しくてやりきれない」

と悼んでいた。

今すぐ無料会員に登録して、コメントを書き込もう!
姉妹サイト
    loading...

注目情報

PR
J-CAST会社ウォッチ会員向けセミナー
しごとの学校
  • 【限定30名】スマホでわかるGDPR入門セミナー~あなたの会社、準備は大丈夫ですか?~

  • 企業承継と相続対策セミナー弁護士は見た!「社長が認知症に!? 悲惨な現実と対応策」

  • 「"無期転換ルール" あなたの会社は大丈夫?」 ~これからでもできる!企業のリスク回避術~

  • 追悼
    J-CASTニュースをフォローして
    最新情報をチェック
    電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中