2024年 4月 18日 (木)

保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(18)
昭和陸軍が振りかざした「独自論理」

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いつまでもジョウロで水を...

   昭和天皇は、陸軍が自らを神格化し、この国家を神国としていくことが不満であった。そのことは終戦直後の側近たちへの質問に答える形の史料(「昭和天皇独白録」)のなかでも漏らしている。あまりにも神国に傾きすぎたこと、というのである。

   昭和19(1944)年の半ばから20(1945)年にかけて、昭和天皇は日々煩悶の生活を続けている。私はその頃の天皇を神経衰弱気味だったのではないかと思えるのだ。そして昭和20年ごろにもっとも激しく悩まれていたように思う。侍従たちの証言によれば政務室で独り言を漏らされているし、よく部屋の中を歩かれていたというのである。ある侍従の証言では 、たまたま呼ばれてお部屋にうかがうと、「どうしてこんなことになったのか」とか「誰が信用できるのか」との独り言をつぶやいているのを目撃している。このころの侍従長の藤田尚徳が戦後になって著した『侍従長の証言』によると、天皇のお供で皇居の中を散歩することもあったというが、そのような折、天皇はジョウロで草花に水をおやりになるという。しかし精神的にお疲れの時はいつまでもジョウロで水を傾けていたというのである。

   藤田は、それほど陛下は民のことを思ってお悩みになっていたと書いている。天皇はもう戦争は限界にきている、一刻も早く戦争を終わらせなければと焦っていた。このころ(昭和20(1945)年2月)に天皇は重臣たちから個々にこれからどうするのがいいかを尋ねている。この時の天皇は積極的に戦争をやめようとの意見を聞きたかったのである。しかし総じて七人の答えは天皇を納得させなかった。藤田はそのことを丁寧に書き残している。貴重な記述なのであった。(第19回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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