2019年 12月 12日 (木)

「Mr.ラグビー」平尾誠二さんは、平成の坂本龍馬だった

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   2016年10月20日――。日本ラグビー界に衝撃が走った。「Mr.ラグビー」と呼ばれた平尾誠二さんの、突然の訃報である。「2019年ラグビーW杯日本大会」開催を誰よりも楽しみにし、また、その招致に向け、惜しみなく尽力した方だった。

   享年53歳。あまりにも早すぎる死だった。

  • JRFUに飾られている平尾さんのパネル、その脇で平尾さんとの思い出を語る薮木氏
    JRFUに飾られている平尾さんのパネル、その脇で平尾さんとの思い出を語る薮木氏

どんな形容詞を並べても語りつくせない「偉大な存在」

   ラグビーを知らない方でも、平尾さんのことはご存じだろう。トレードマークでもあった口ひげ、そして多くのファンを魅了した端正なルックス。またプレーでは、抜群のステップワーク、華麗なるパス、正確なキック...。30年以上、プレーと取材でラグビーにかかわってきた記者も、平尾さんの魅力を語るには、どんな形容詞を並べても言いつくせないほどだ。

   そこで、J-CASTニュース編集部では、日本ラグビーフットボール協会(JRFU)の特任理事兼広報部長で、長年にわたって平尾さんと寝食をともにした薮木宏之氏に聞いた。

   薮木氏は、明大を経て神戸製鋼(以下、神鋼)へと入社。平尾さんが「先輩」、薮木氏が「後輩」という「兄弟」のような間柄で、この2人を中心に選手が結束、神鋼は「日本選手権V7」という大偉業を成し遂げた。

   そんな薮木氏は、平尾さんについて、

「チームの『精神的主柱』でしたね。試合中の表情であったり、ピンチの時に我々にかけてくれる言葉であったり...。平尾さんがいることで、我々も安心してプレーができたし、いいボールを出せばチャンスに変えてくれる、逆にピンチの時には救ってくれる...そういう『偉大な存在』でした」

と振り返る。

   女性ファンを中心に大変な人気を集め、また「ラグビー」という文化を日本に根付かせた平尾さんの素顔はどうだったのか? 「弟分」の薮木氏が続けてくれた。

カッコいいイメージが先行したが、関西弁でいうところの「ベタ」な人

   平尾さんといえば、そのプレーもさることながら、端正なルックスで、世の女性のハートをわしづかみにしたことも事実である。

   しかし、薮木氏は

「グラウンドを離れると、何ていうか...関西弁で言うところの『ベタ』(平凡で、ありがち)な人でしたね。皆さん、スマートでカッコいいイメージがあると思うんですけど、シャイだし、初めての人とは話したがらなかった。何より、チヤホヤされるのが、嫌いな方でした」

と話す。

   また、

「先輩なのに、まったく先輩面をしない人でしたね。あれだけのスターなのに、少しも偉そうにしなかったんですよ」

   そんな「弟分」の薮木氏が、平尾さんとのあるエピソードを語ってくれた。

「当時、神戸の三宮に行きつけのバーがあってね。まあ、2人で食事した後には、よく行っていたんですけど、僕が東京に転勤になって。で、たまに(神戸へ)帰って、フラッと立ち寄ると、いつもの席に平尾さんがいらっしゃって。逆に、僕が1人で飲んでいると、偶然、お見えになったり。特に連絡しあって、待ち合わせていたわけじゃないんですけどね」

   さすが「兄弟」。以心伝心である。

   そんな中、「日本のラグビー」についてよく語り合ったという。

「僕は平尾誠二にはなれないですけど...」

   平尾さんは生前、

「薮木、『世界を相手に勝負しようや!』、『世界を相手に仕事せな、アカン!!』と、よく言っていました。まるで『平成の坂本龍馬』のような方でしたね」

   関西弁でまくし立てられた記憶を、薮木氏は忘れない。

   そんな中での、突然の訃報だった。死因は「胆管細胞がん」。事前に知らされていたという薮木氏は、

「(事前に知っていたのに)マスコミの皆さんには公表できず、本当に申し訳なかったと思っています。ただ『周囲に心配や迷惑をかけたくない』という、常に配慮を忘れなかった平尾誠二という男の生き様をリスペクトしたかったので...。平尾さんらしい、いい形で送り出したかった」

と、辛かった心情を吐露した。

   しかしながら、

「(ラグビーW杯日本大会に関して)キツいこと、しんどいこと...いろんなことがありますけど、平尾さんが上(天国)から見ていてくれると思うと、そんな困難も忘れて、邁進できます」

と、語気を強める。

   続けて、

「仕事でも交渉でも、ラグビーと同じで、変幻自在でした。相手の話はよく聞くし、何より言葉や表現力に長けた方でしたね。プレー中でも仕事でも『無理に相手を説得』するのではなく『必ず相手が納得する話し方』をする...。何というか...心の広い、すばらしい方でした。僕は平尾誠二にはなれないですけど、平尾さんの夢へ1歩でも近づけるように、日々、努力していきたいです」

   天国の平尾さんへ――。日本大会開催の成功、そして日本代表の活躍を、どうか見守っていてください。薮木さんはもとより、微力ながら元ラガーマンだった私も、全力を尽くして頑張って参る所存です。

   さあ、時は満ちた。行くぞ、2019年ラグビーW杯!

(J-CASTニュース編集部 山田大介)

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