2020年 4月 9日 (木)

シベリアに眠る父の埋葬地は、ゴミ捨て場と化していた【71年目の死亡通知】(上)

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   それは、「71年目の死亡通知」だった。

   2016年6月のこと、岩手県保健福祉部から突然、大きな茶封筒が送られてきた。開けてみると、厚生労働省からの「お知らせ」で、ロシア政府から提供されたシベリア抑留者に関する資料と日本側の保管資料を照合した結果、父親(増子浩一)のものと思われる資料が確認されたという前置きがあって、こう記されていた。

   1.埋葬地
   プリモルスク地方(沿海地方)
   第4865特別軍病院・第1墓地
   2.氏名
   マスノ コイチ
   3.生年月日及び階級
   明治40年 兵
   4.死亡年月日
   昭和20年12月30日

   そのうえ、驚いたことに、「お知らせ」には、ロシア語の資料の写しと、日本語に翻訳した「死亡証書」と「埋葬証書」まで添えられていた。

   遺骨代わりの木片が入った骨箱を渡され、幼いころから父の戒名と没年が刻まれただけのからっぽの墓石に手を合わせてきた私にとって、それは初めて知る父の死についての詳細であり、思いもかけない出来事だった。

  • ロシア人墓地に囲まれた埋葬地はゴミ捨て場になっていた(第4865特別軍病院・第1墓地:埋葬者数:225 うち90体収容)。2016年9月
    ロシア人墓地に囲まれた埋葬地はゴミ捨て場になっていた(第4865特別軍病院・第1墓地:埋葬者数:225 うち90体収容)。2016年9月

36歳の老兵

   私の父は1944年(昭和19年)7月15日に赤紙の令状1枚で臨時召集され、1週間後には旧満州(中国東北部)に送られた。召集令状を受け取ったとき、明治生まれの父はすでに36歳で3人の子持ち。しかも、軍歴書をみると、「昭和8年12月に第二国民兵役に編入」とある。戦時下の兵制では、20歳になった成人男子は全員徴兵検査を受けることが義務付けられており、身体強健なものを甲種、乙種と体格順に区分、甲種合格者は現役兵として入隊し、乙種は補充兵として必要に応じて召集されることになっていた。第二国民兵とは、体格が乙種に満たない者で、その下の丙種に区分され、現役兵には適さないとされていた。つまり、私の父は年齢的にはもちろん、肉体的にも、本来ならお呼びのかかるはずのない「老兵」だった。

   当時の戦況をみると、父が召集される直前の6月下旬には、「マリアナ沖海戦」で日本海軍の機動部隊は空母3隻、艦載機400機を失うなど、事実上壊滅。さらに翌7月上旬にはサイパン島の守備隊が玉砕し、日本は敗戦への道を転がりはじめていた。多くの若者の命が失われ、老兵まで動員しなければならないところまで追い込まれていたのだ。

   敗戦から4年たって、「戦死公報」が送られてきた。それには「昭和20年12月16日、ソ連ウスリー州ウオロシロフ地区リポーウツイ収容所で戦病死」と書かれていた。私はその場所を懸命に確かめようとしたが、遠い国の地名が小学生の小さな地図帳に載っているはずもなかった。

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