2020年 10月 20日 (火)

外岡秀俊「コロナ 21世紀の問い」(3) 隠喩としてのコロナ

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   「新型コロナウイルス」と、「コロナ禍」は違う。前者は自然界に存在する脅威だが、後者はヒューマン・ファクターが加わり、人が作り出し、人を巻き込む活動の総体だ。ウイルスを「正しく恐れる」だけでは十分ではない。ウイルスが表象するものを見極め、差別や偏見にとらわれないことが必要だろう。

  • スーザン・ソンタグ(1933~2004)。20世紀米国を代表する批評家、小説家。「こころは体につられて(上・下)」(河出書房新社)など、著書多数。
    スーザン・ソンタグ(1933~2004)。20世紀米国を代表する批評家、小説家。「こころは体につられて(上・下)」(河出書房新社)など、著書多数。
  • スーザン・ソンタグ(1933~2004)。20世紀米国を代表する批評家、小説家。「こころは体につられて(上・下)」(河出書房新社)など、著書多数。

日本災害医学会でのこと

   私が14日間の「自主隔離」に入ったのは、2020年2月23日で、ほかの人よりも多少早かったかもしれない。

   2月22日までの3日間、神戸市内で第25回「日本災害医学会」の総会・学術集会が開かれた。阪神淡路大震災25周年にあたる今年の総合テーマは、「これでいいのか、災害医療!」。いわば学会の原点を再確認する意欲的な場で、私は倫理委員会から「専門医講習」で話をするよう依頼された。

   演題は「震災取材から考える災害時の医療活動」にした。

   私は1989年に米西岸で起きたロマ・プリータ地震、95年の阪神淡路大震災、2008年の中国・四川大地震、11年の東日本大震災を現地で取材してきた。そうした経験をもとに、部外者の目で見た医療活動の課題について話してほしい。そういわれ、気軽な気持ちでお引き受けした。

   雲行きが怪しくなったのは、その1週間ほど前のことだ。学会の主力会員に「災害派遣医療チーム(DMAT)」の皆さんがいる。

   大災害の急性期にいち早く駆け付け、救急医療を担当する医師や看護師らのプロ集団だ。今回、そのDMATが、武漢からのチャーター便帰国者や、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客乗員への医療対応に当たっているという。

   学会には全国の一線から2000人以上の医療関係者が集まる。もしそこで新型コロナウイルスの感染が起きれば、いわば災害医療の中核が崩れ、機能不全におちいる。主催者はその問いを突きつけられた。

   今回の学会は3年前から準備してきた。石原諭・副大会事務局長によると、主催者は三つの選択肢を検討し、直前まで熟議を重ねたという。実行か、簡略化して実行するか、中止か。結果として、学会は第二の「簡略化した上での実行」という道を選んだ。

   懇親会など、不要不急の催しはすべて削ぎ落とし、感染者や濃厚接触者の対応に当たった会員には参加の自粛を求めた。厚生労働省のガイドラインに沿って、発熱などの症状のある人にも参加を控えるよう呼びかけた。会場には消毒液を備え、手洗い励行を訴えた。

   会場に行くと、学会は異様な緊張に包まれていた。自分たちの仲間が最前線で対応に当たっているのだから、当然だろう。関係者によると、自粛要請を知らず、当日学会に来て事務局に断られ、やむなく引き返した会員もいたという。

   海外からの参加者は渡航ができず、プログラムのいくつは取りやめになった。それでも、あえて学会を開いた意義はあった。穴のあいたプログラムを埋めるかたちで、新潟大学大学院で国際保健学を担当する斎藤玲子教授が、「日本でいま起こっていること」と題する緊急特別講演を行い、最前線の医療従事者が新型コロナウイルスの特徴や対策、現状などについて、知見を共有できたからだ。

   斎藤教授は疫学曲線や多くのデータを示しながら、その時点ですでに、クルーズ船では感染がピーク・アウトしつつあること、今後に市中感染が広がれば、医療崩壊を防ぐために、軽症者は自宅療養をしたほうがいいことなど、的確な見通しを語っていた。

   その講演のあと、大会長を務めた中山伸一・兵庫県災害医療センター長に会って感想を申し上げた。中山氏は、「やって良かったと思う」とうなずいた後、「だが、彼らを十分守ってやれなかった」と苦渋の表情を浮かべ、私に一枚の紙を渡してくれた。その後、学会で採択する予定の声明案だった。

「新型コロナウイルス感染症対応に従事する医療関係者への不当な批判に対する声明」

   その文章によると、学会員らはチャーター便での帰国者約800人、クルーズ船の乗客乗員約3700人に対し、搬送調整約700件、船内で診療したうえで救急搬送した重篤者の事例170件余、さらには1800人への処方薬の配布などの活動をしてきた。

   ところが、自らの身を危険にさらしたこうした医療従事者の中に、職場で「バイ菌」扱いされるなどのいじめを受けたり、子どもの保育園・幼稚園から登園自粛を求められたり、さらには職場管理者から、現場活動したことについて謝罪を求められるなど、「信じがたい不当な扱い」をされた人が出ているという。

   声明は、「当事者たちからは悲鳴に近い悲しい報告が寄せられており、もはや人権問題ととらえるべき事態」だと述べ、「偏見や先入観に基づく批判が行われることは決して許されない」と抗議している。

   DMATは、阪神大震災での災害医療対応が十分でなかったことを教訓に、05年に創設された。鍛えられたプロ集団だが、今回のような大規模感染に特化した訓練を受けた人はいない。今回は、感染下で対応できる実働集団がいないため、政府の感染対策の穴を埋めるべく、通常の手順を踏まないかたちで急派された。その奮闘を称えてしかるべきなのに、あろうことか、排斥や偏見の的になった。

   「彼らを守ってやれなかった」と悔やむ中山氏は、DMATの半数以上の隊員育成に携わってきた。「育ての親」ゆえの悔恨なのである。

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