2021年 9月 24日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(12)
ノーマ・フィールドさんと考える「人種・核・ウイルス」

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差別と偏見、そして圧力

   原発事故後の福島でノーマさんが見たものは、昭和天皇の死去に際して日本で広がった「自粛」の重さを想起させた。「福島の健康問題に触れることは、差別に加担することだ」という捉え方もあり、健康被害に触れることはむずかしい。

   去年9月19日、福島原発事故をめぐり、東京電力の旧経営陣3人が強制的に起訴された裁判の判決が、東京地裁で言い渡された。結果は3人全員が無罪だったが、その判決を傍聴したノーマさんは、忘れられない光景を目撃したという。

   幸いにも抽選で傍聴券を得て、地裁の建物に入った。この裁判は傍聴人の検査が厳しく、当初から問題になっていたのが一部解消されていたが、判決言い渡しの日は物々しさがすぐ伝わってきた。荷物はほとんど預けなければならないのだが、金属探知機を含む検査を数回経て、最後に身体検査。今までの男女別の一対一ではなく、一人につき3人ほどの警備員だったろうか。すぐ前か後の女性と警備員がなにか言い合っている。しばらくして、無事開廷を待つためのベンチに腰掛けたとき、もめごとの詳細を知った。女性は紺色の上着を身に着けていたが、ボタンを外した下のTシャツの文字、「忘れない!いつまでも」という言葉の一部がのぞいていた。「言葉の一部」といっても、実質的には文字の欠片で、その言葉を知らなかったら、なにが書かれているかわからない程だった。「ボタンをかけなさい」「かけると、暑くて倒れてしまう」と訴えたものの、いちばん上のボタンだけ残して、後は全部かけた。もうTシャツの襟すら見えない。「全部かけなさい」と要求する。すぐ応じないと、こんどは私服の背広姿の男が「それなら、別の部屋に行きましょう」と近づいてきたため、怖くなった女性はボタンをかけたという。「忘れない!いつまでも」は、吉永小百合さんの直筆で、Tシャツは吉永さんが賛同人でもある甲状腺がん子ども基金設立集会で販売されたものだった。後日知ることになったが、法廷で出会った工藤悦子さんはそこで購入し、いつも裁判に着ていったそうだ。

   これは目の前で展開した出来事だが、ノーマさんは以前にも、同じ裁判の傍聴で、黒地に白く鮮やかに「No.9」を染め抜いたTシャツを来た男性が呼び止められ、それを着たままでは傍聴できないと言われたことを本人から聞いていた。子ども脱被ばく裁判の原告団長・今野寿美雄さんといって、彼は裁判所という法の本拠地に国の憲法にある「9」条を表すTシャツを着ていくのを楽しみにしていたそうだ。上着はなかったので、結局、Tシャツを裏返しにして傍聴が認められた。ここ2,3年来、数字の「9」がついたアクセサリーや持ち物は国会や議員会館で引っかかる、と読んではいたが、実際目撃してみると、ほとんど滑稽で、しかもおぞましいことに思えてしまう。

「『9』、つまり憲法9条は『政治的』だからいけない、ということらしい。18歳で選挙権が認められるようになったとき、高校の先生が、生徒にいかに政治抜きで投票という行為を説明できるか、悩んでいる、という内容のラジオ番組を聞きました。政治と選挙を切り離すことなど、できるのでしょうか」

   2003年に個人情報保護法が成立した時から、ノーマさんは、個人が自由にものを言えなくなる社会がくるのでは、と危惧したという。それは、「天皇の逝く国で」の取材で、「自粛」が重しとなって、少数者の発言が抑えられたり、封じられたりするのを目の当たりにしたからだった。実際は少数者だけではないのかもしれない。思ったことを自由に発言できなくなる空気こそが少数者を作り出し、非難にさらすこともあるのではないか。

「福島原発事故でも、地元で健康や食の安全に対して不安を唱えると、いじめられたり、バッシングを受けたりするので、黙ってしまうお母さんが少なくない。ほんとうは多くの人々が同じ不安を抱えているのに。今回のコロナ禍で、差別や偏見の空気が強まることが怖いと思います」

   コロナ禍が広がるアメリカでは、感染したり亡くなったりした個人を特定して非難するような動きは見えていない、という。

「シカゴの地元の放送局は、しばらくの間、毎朝数分間、新型コロナで直近に亡くなった方々のお名前を読み上げていました。もちろん、ご遺族の承認を得てのことだと思いますが、地元コミュニティーでその死を悼み、コロナの脅威を身近に感じる時間になりました」

   「匿名社会」の日本では、まず考えられない。感染者数や死亡者が匿名の数字だけではその脅威も、遺族の思いも伝わらないだろう。それが私たちに、コロナ禍を他人事のように思わせている側面はないだろうか。

   もっとも、少数者を追い込むことも少なくないSNSなどの「匿名性」は、マイナスの方向ばかりではない。

   ノーマさんは、東京高検の黒川弘務・前検事長が、緊急事態宣言が出されているさなかに新聞記者らと賭けマージャンをしていたことを週刊誌に報道され、ツイッターによる辞任要求の世論の高まりを前に、辞任せざるを得なくなったことに注目する。

「今回のコロナ禍は、社会のさまざまな構造的問題をあらわにした。米国では、それがきっかけで大きな反差別の運動が起きていますが、日本ではどうなっていくのか。それを注目していきたい」
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