2021年 4月 22日 (木)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(32) ジャーナリストのマーティン・ファクラーさんと考える日米メディアの「信頼回復」

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調査報道と「ペンタゴン・ペーパーズ」

   今年1月7日、ジャーナリストのニール・シーハンさんが、パーキンソン病の合併症で亡くなった。享年84歳。

   私は1992年に首都ワシントンのご自宅でシーハンさんに取材をしたことがあった。シーハンさんは62年から66年にかけてNYタイムズ記者としてベトナム戦争を取材し、71年には、ベトナム戦争をめぐる米国防総省の機密文書を入手し、同年6月13日から、同僚と共に同紙の連載で報じた。ニクソン政権は安全保障上の脅威を理由に記事差し止めを求めたが、連邦最高裁が「政府は証明責任を果たしていない」としてこれを退けた。

   いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」事件である。これは「報道の自由」を確立し、その後の「調査報道」に道を拓く先駆けの事件として歴史に名をとどめている。

   この文書は、F・ルーズベルト大統領からケネディ、ジョンソン大統領に至るまで、歴代の米政権がいかにインドシナ半島にかかわり、ベトナム戦争に深入りするようになったのかを、マクナマラ国防長官の指示のもとに、内部文書をまとめた47巻、7千ぺージに及ぶ機密報告書だった。

   執筆者の一人だったランド研究所のダニエル・エルズバーグらがこれをコピーし、シーハンさんに渡した。同紙は安全保障担当の記者らにチェックさせ、文書が本物であることを確認し、特別の調査チームを立ち上げた。

   同紙はマンハッタンにあるヒルトン・ホテルのワンフロアを借り切り、警備員を配置して作業が見つからないよう警戒しながら解読と関連資料の調査を始めた。

   当時発行人主だったパンチ・サルツバーガー氏は、顧問弁護士らの反対を押し切って掲載を決断した。

   1回目の記事を印刷した日、シーハンさんは社屋にある輪転機で次々に新聞が印刷されるのを見て、「もう神様でも、記事を止められない」と快哉を叫んだという。

   一方、サルツバーガー氏の方は翌朝、ニューヨーク郊外にある自宅で待機していた。

「上空でヘリコプターの羽音が聞こえた時、てっきり警察が私を逮捕しに来た、と思ったよ」

   私の取材に対し、当時の緊張を、笑いながらそう話してくれた。

   この事件には後日譚がある。

   4年前に公開された映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」は、NYタイムズに抜かれたワシントン・ポスト(WP)の社主キャサリン・グラハムと同紙編集主幹のベン・ブラッドリーの苦悩と決断を描いた作品だ。自殺した夫から経営を引き継いだキャサリンは、株式上場を目前に控えていた。NYタイムズの記事が差し止めになった後、同じ文書を入手したものの、周囲は会社の前途を慮って、彼女に掲載を思いとどまるよう説得する。だが、新聞の使命の重さを知るブラッドリーと連携して、機密文書の掲載に踏み切る。

   もしその決断がなければ、世論は動かなかったかもしれない。競争紙が果断に掲載に踏み切ったことで、NYタイムズは機密文書の連載を続けることができた。プレスが肩を組むことで、権力からの抑圧をはねつけた輝かしい歴史だろう。

   後追いながら、そのスクープのリレーを引き受けたことで、WPの名は全米にとどろき、社内の士気も高まった。

   翌72年6月の米大統領選のさなか、首都ワシントンにある民主党本部に盗聴器を仕掛けようとした男5人が警察に逮捕された。この事件を取材したWPのボブ・ウッドワードとカールバーンスタインの2人の若手記者は、ブラッドリー編集主幹の元でその背景を探るうちに、政権幹部が関与していることを突き止め、次々に暴露した。2人は政権に近い取材源「ディープ・スロート」の助言と情報で政権内部の動向も把握し、もみ消しや偽装工作も暴いて最後はニクソン大統領を辞任に追い込む。「大統領の陰謀」の名で知られる「ウォーターゲート事件」である。

   通常、「ペンタゴン・ペーパーズ事件」と「ウォーターゲート事件」は別の文脈で語られることが多いが、調査報道という点から見れば、二つの事件はつながっている。WPが後追いをしなければ、NYタイムズのスクープは幻に終わり、「報道の自由」は権力に抑え込まれたかもしれない。NYタイムズのスクープがなければ、WPの2人の若手記者が、あれほど奮起し、執拗に政権を追い詰めることもなかったかもしれない。その意味で、二つの事件はアメリカの「調査報道」の樹立を内外に示すツイン・タワーの記念碑のようなものだったといえる。

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