2021年 4月 23日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(32) ジャーナリストのマーティン・ファクラーさんと考える日米メディアの「信頼回復」

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「信頼回復」への道

   それでは、既成メディアはどうすれば、失われた信頼を回復することができるのか。

   ファクラーさんが強調するのは、「取材のプロセスを、目に見える形にする」ことだ。

   SNS隆盛の時代には、裏付けのある確かなニュースから、陰謀説、トンデモ説など、様々なニュースが、猛烈なスピードで拡散される。受け取る人はその真偽を確かめず、自分が望むニュース、耳や目に心地よい情報を受け入れる傾向が強まる。この場合、既成メディアがどれほどファクトを突きつけ、間違いを指摘しても、「そちらがフェイクだ」と一蹴される。

   かつてのメディアは装置産業だった。新聞や雑誌は、輪転機や印刷機、宅配網や販売網が必要だった・テレビやラジオも、電波や音波の発信装置、スタジオや衛星中継車などを必要とした。だが今やメディアは多様化し、巨大な装置をもはや必要とはしない。誰もが発信・受信できる時代になり、自分が見たい、聞きたい情報を流すメディアは必ず現れる。

   既成メディアが装置を独占していた時代は、そこに流れる情報が「真」であり、「事実」とされた。だが装置の独占が崩れると、真偽を問わずあらゆる情報が奔流と化し、既成メディアの優位性は崩れ去る。

「かつてのメディアは、神のように世の中を俯瞰し、すべてを見通すような視点に立っていた。だが多メディア時代には、記者が一人の人間として、どのように情報を集め、真偽を確かめ、ストーリーとして発信するのか、そのプロセスを読者や視聴者に示さなければいけないと思う」

   ファクラーさんはそう話す。記者は、ただファクトを並べるのではなく、確かだと思う事実をストーリーに組み立てて記事を書く。もちろんそのストーリーは完璧ではないし、主観も混じる。だが、そのストーリーを組み立てるプロセスを明示することで、政府のストーリーや専門家のストーリーのどこが疑わしいのか、どこが正しいと信じられるのかを、明らかにすることができる。

「NYタイムズを見ると、ここ5年~10年の間に、動画を含め、報道のなかに取材した記者の存在を示す『私は』という一人称が増えた。記者も地べたを這って取材し、どんな理由でこのストーリーを正しいと思うのかを示す。WPもWSJも、そうした傾向が強まっていると思う」

   たとえばNYタイムズ電子版では、記事の文中にある特定のワードをクリックすると、関連記事ばかりでなく、その出典となった論文や統計、発表文や声明の公式サイトに、直にジャンプする機会が増えた。これなども、ファクラーさんの言う「プロセスの明示」や透明性確保の一環と言えるだろう。

   最近では、事件や事故の現場にいる市民が,直にコメントやスマホ映像、音声を発信し、それが拡散されるケースが目立って増えた。そうした状況にあって、「自分だけが公正で客観的な目撃者」と装うことはもうできない。自分が取材した対象や範囲、その「ファクト」が正しいと思う根拠や反証の有無、分かった範囲と分かっていない範囲の境界の明確化といった作業が、ますます必要になるということだろう。ファクラーさんはいう。

「ブレア、ミラー事件を通してNYタイムズが再確認したのは、ジャーナリズムに取って一番大事な財産は『信頼性』だということでした。トランプ前大統領は、本能的に相手の弱点や痛いところを衝く点では天才的なところがあった。そこで攻撃したのがメディアの『信頼性』だった。タイムズは二つの失敗を通して『信頼性』がいかに重要かを痛感していたからこそ、政権からのバッシングに耐えられたのだと思う」

   実際、信頼回復は数字にも表れている。昨年2月25日の読売新聞(電子版)によると、NYタイムズの紙とデジタル版の合計契約数は525万1000件で、うちデジタル版の契約総数(料理とクロスワードパズルを含む)は439万5000件、デジタル版ニュースの契約は342万9000件だった。

   この記事は、「最も印象的なのは、デジタル版ニュース契約の潜在的顧客ベースが頭打ちになったことを示す証拠がほとんど見られなかった」として、19年末の342万9000件という数字が、前年同期の271万3000件から26%の伸びを示したことを指摘した。この記事は、WSJのデジタル契約数が初めて200万件を突破したことも伝えている。

   ファクラーさんは、その後さらにNYタイムズの契約数が増えており、「このペースでいけば、いずれ日本最多部数の読売新聞を上回るのでは」という。

   だが、アメリカの将来について、ファクラーさんが楽観しているわけではない。

「大統領選のさなかに実家のあるジョージア州に行き、人々がいかにフェイクニュースを信じているのかを実感した。人は間違いを認め、自分とは違う主張が正しいことを肯定して初めて成長する。トランプ前大統領は、その社会のバラスト、基盤や基層を壊してしまった。トランプ氏が舞台から去っても、その支持者は残る。彼が破壊した憲法や民主主義の基盤を立て直すことは大変な作業だろう」

   ファクラーさんは、中国、ロシア、ハンガリー、トルコ、ブラジルといった世界の独裁・強権的な指導者もトランプ氏の手法に習い、日本の安倍前首相の長期政権も、学んだ可能性がある、と指摘する。

「アメリカの政治学者ベネディクト・アンダーソンは『想像の共同体』の中で、近代国家の成立には。国民が共に情報を見聞きする新聞などのメディアが重要な役割を果たしている、と指摘した。そのメディアが劣化したり弱体化したりした時に何が起きるのか、考えざるを得ません」
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