2024年 5月 3日 (金)

嘘から生まれた歌姫「重音テト」 パロディが「本物」の商業ソフトになるまで...歩んだ15年

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   「架空のボーカロイドを作ってファンを騙そう」――15年ほど前、歌声合成ソフト「ボーカロイド」がインターネット上で存在感を強めていた。バーチャルシンガー・初音ミクが「電子の歌姫」としてニコニコ動画を席巻。次の歌姫の登場を待ち望む声が高まる中、ネット掲示板「2ちゃんねる」(現:5ちゃんねる)のユーザーたちは、エイプリルフールに架空のボーカロイドを作りあげた。それが「重音(かさね)テト」だ。

   ボーカロイドのパロディとして作られた「嘘の歌姫」であるものの、多くの人々に愛され活動の幅を広げた。そして2023年4月27日、満を持して音声合成ソフト「Synthesizer V AI 重音テト」として商業ソフト化した。

   企画を進めたのは、重音テトの普及活動をする公式サークル「ツインドリル」。キャラクターデザインや音源提供をした著作権者らがボランティアで運営している。重音テトが歩んできた15年を、J-CASTニュースの取材で振り返った。

   (聞き手・構成/J-CASTニュース編集部 瀧川響子)

  • 重音テト
    重音テト
  • 嘘の発売告知ページ
    嘘の発売告知ページ
  • 線さんが描いた重音テト
    線さんが描いた重音テト
  • Synthesizer V AI 重音テト
    Synthesizer V AI 重音テト
  • Synthesizer V AI 重音テト
    Synthesizer V AI 重音テト
  • 「初音ミク -Project DIVA-」シリーズに出演
    「初音ミク -Project DIVA-」シリーズに出演
  • 「初音ミク -Project DIVA-」シリーズに出演(YouTubeチャンネル「SEGA feat. HATSUNE MIKU Project」より)
    「初音ミク -Project DIVA-」シリーズに出演(YouTubeチャンネル「SEGA feat. HATSUNE MIKU Project」より)
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  • Synthesizer V AI 重音テト
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  • 「初音ミク -Project DIVA-」シリーズに出演
  • 「初音ミク -Project DIVA-」シリーズに出演(YouTubeチャンネル「SEGA feat. HATSUNE MIKU Project」より)

「クリプトンさんに駄目って言われたら解散も覚悟だったんです」

   重音テトは2008年のエイプリルフールに誕生した。前年8月には、クリプトン・フューチャー・メディア(以下クリプトン)から初音ミクが発売され、12月には双子のバーチャルシンガー・鏡音リンとレンも加わった。それからちょうど4か月経過したタイミングだった。

   嘘の発売告知ページが公開されると、かわいらしいキャラクターデザインやユニークなプロフィールが好評で、エイプリルフール後も「歌姫」にする活動が続いた。同年3月に公開されたフリーの音声合成ソフト「UTAU」を用いてボーカロイドのように歌わせることができるようになると、多数のオリジナル曲が作られた。

嘘の発売告知ページ
嘘の発売告知ページ

   オフィシャルサークル「ツインドリル」は、キャラクターボイスを制作した小山乃舞世(おやまのまよ)さん、デザインを手掛けた線さんと数人のボランティアで成り立つ。現在は、小山乃さん、Kappaさん、ベビタスさん、エナメルさんを中心に活動しているとして、この4人が取材に応じた。

――「ツインドリル」はどういった経緯で設立されたのでしょうか?

kappa「当初、『2ちゃんねる』の書き込みから生まれたキャラクターである重音テトの権利関係は、はっきりしていませんでした。当時1番問題になったのは、パロディで作られたテトの楽曲をカラオケで配信できるかどうかでした」

   2007年12月、通信カラオケ「JOYSOUND」で初音ミクの曲が配信されたことを皮切りに、カラオケでボーカロイド楽曲が配信されるようになった。重音テトの曲も取り扱うことはできないか、ファンたちは議論していた。

kappa「匿名の集まりなんで、無責任なことを言い合ってもう全然まとまりがなかった。これは一旦ちゃんとみんなで集まって、名前を出し合って細かいことを決めていこうとなったのが、発足のきっかけです。
権利関係をクリアにしてテトの活動の幅を広げていきたかった。2ちゃんねるで声の権利者は小山乃、イラストは線であることを確認しました。しかし当時2人は未成年であったため、そのお手伝いができるようにみんなで集まったのは2009年7月ごろだったと思います」
エナメル「当初は20人くらいがテトの話し合いに集まっていたけれども、趣味や生活の変化から離れていく人もいました。今はここの4人含めて10人ほど。商業案件などは大勢に告知できないため、結局少人数で活動を続けてきました。キャラクターデザインを手掛けた線も何年かやりとりはないですが、権利関係については任せてもらっています」

――重音テトの歴史の大きな転換期となったのが、「初音ミク」を販売するクリプトンとの協力関係の構築だったと思います。経緯についてお聞かせいただけますか。

kappa「権利関係の整理の延長です。エイプリルフールでは本当に騙されて、クリプトンさんに問い合わせてしまった人も中にはいたそうで、ご迷惑をおかけしてしまいました。初音ミクのパクリみたいなことをやっていたわけで、商業展開を行うためには筋を通さなければいけない。テトの活動を続けていくにはどうしたらいいのか、クリプトンさんに尋ねました。
万が一『困るからやめてくれ』と言われたらやめるしかない。クリプトンさんに駄目って言われたら解散も覚悟だったんです。隠れて続けることもできたかもしれませんが、大手を振って商業展開を広げるのはできなかったでしょう」

「とんでもなく懐の広い返事」が返ってきた

――解散も覚悟でクリプトンに打診した結果は。

kappa「とんでもなく懐の広い返事が返ってきました。これからも一緒にやっていきたいと、商用窓口などを引き受けられるがどうするか、といった返事が返ってきて『すごいことだな』と」
小山乃「私も当時の記憶はほとんどないけれども、返事を受け取ったときのことは覚えていて。きっとだめだろうな、怒られてしまうんだろうなって思っていたら、あの明るい返信が返ってきてみんなで『わぁ!』と盛り上がったことは覚えています。懐が広すぎてびびる」
エナメル「基本的に自分たちはそれほど商業展開を重視していませんでしたが、重音テトを使って作品作りをしてくれる人たちが何の不都合もなく活動できるようにしたいという思いがありました。カラオケ配信だったりCDやグッズの展開だったり、そういう活動を不自由なくできるようにすることが我々の存在する意味ともいえます」

――これを機に重音テトの活動の幅は大きく広がりましたが、当時の心境をお聞かせください。

ベビタス「案件が来るたびに『なんかすごい話が来たよ!』って毎回びっくりしてる感じです」
kappa「テトにとって必要な人がその都度その都度力を貸してくれる。いろんな企業にテトのファンの方がいて、我々が営業するわけでなく、欲しいときに良い案件が寄せられることが何度かありました」

――印象深かった出来事はありますか?

kappa「セガより発売された音楽ゲーム『初音ミク -Project DIVA-』ですね。初音ミクと並んで出演できるんだって驚きました。ゲームに出られるなんて『すごすぎじゃないか!』みたいな。しかも、あの『セガ』ですよ。ファンの方々に対しては、最初のトップシークレット案件だった」
音楽ゲーム『初音ミク -Project DIVA-』に登場(YouTubeチャンネル「SEGA feat. HATSUNE MIKU Project」より)
音楽ゲーム『初音ミク -Project DIVA-』に登場(YouTubeチャンネル「SEGA feat. HATSUNE MIKU Project」より)
小山乃「イベント『ニコニコ超会議2017』で歌舞伎化されたのも印象深かったですね。役者の中村獅童さんが『テトちゃん』って呼んでくれた。ファンになっちゃいました。煽り系キャラが反映されているのもうれしかったです。」
エナメル「自分は『ねんどろいど』(編集部注:グッドスマイルカンパニーが展開するデフォルメのフィギュアシリーズ)ですね。いつか『ねんどろいど』が出たらいいなって3Dを作っていたくらいで、悲願でした」
ベビタス「エイベックスからテトのメジャーCDが出せたり、HBC(北海道放送)のPRキャラクターに就任して北海道限定ですがテレビに登場したりもしましたね。10周年の節目で初音ミクシンフォニーに参加させてもらったり、即売会イベント内で展示ブースを展開できたのも印象に残ってます。」
小山乃「企業案件の話が多かったですが、学生から声がかかったこともうれしかったです。おととし、美術系の学生の企画に重音テトをテーマにした学園祭の企画を行いたいと打診を受けました。今や15周年を迎える古いキャラクターではあるものの、大学生が声をかけてくれた。昔からのファンだけでなく次の世代に引き継がれ、若い子たちもテトを好きになってくれてうれしいです。テトの露出を続けていてよかったな、きちんと歩んできたんだなって実感しました」

UTAUの歌姫「重音テト」

――そもそも小山乃さんは、なぜ2ちゃんねるで重音テトに声を提供したのでしょうか。

小山乃「全然、感動的な話でもないのであまり言いたくなかったんですが(笑)
最初は2チャンネルの安価(編集部注:書き込み)でプロフィールができていって、次にビジュアルを考える段階に進みました。線ちゃんが今のテトのビジュアルになった線画を投下して、いろんな人が色を塗ったり違うデザインを持ち寄ったりしていました。それでも肝心な歌声がいつまでたっても出てこなかったんです。みんなすっごい盛り上がっていて、もうこれは騙せるでしょという段階まで来ていたのに。
とりあえず私が出せば後に続くものが出て来るんじゃないかと思って投稿したら、続かなかった。それだけなんですよ」

――テトの声は、地声に自らアレンジを加えられているそうですね。

小山乃「そうです。当時、私が女だとバレないように奮闘していました。当時の2ちゃんねるは女だとわかると叩かれる文化が今以上にあって、ネット上では男性のふりをしていました。『声を加工しているんだよ』ってアピールし、元の声が男とも女とも分からないようにしました」

――テトの声は少年声と言われように、低めで可愛らしい声ですよね。制作背景に納得しました。

小山乃「当時の2ちゃんねるでは声を加工する遊びが一部で流行ってました。私はその加工された声を戻して遊んだりしていました。万が一、私の声が元通りにされて聞かれるのは嫌だったので、ものすごく低く声を出して録音していたんですよ!今思い出しましたが(笑)それに私の場合、低い声の方が加工した時に可愛かったので。
テトの声は自分の声ではなく、作っているという感覚が近いです。だから私自身は『中の人』とか、声優といった表現よりも、『声の制作者』という表現がしっくり来ています」

――重音テトにとって音声合成ソフト「UTAU」はどんな存在だったのでしょうか。

小山乃「テトの制作が進められた当時、UTAUはその直前に公開された最新ツールでした。偶然にも同時期に生まれたツールがあったおかげで、テトは歌姫になりました。その1年前や1年後に同じキャラクターを作っても今のような活躍はできなかったと思います。どんな存在かっていうと難しいけど――」
エナメル「運命的な出会い(笑)」
kappa「このときから、テトに必要な時に必要な人が現れてくれるように感じます」
小山乃「UTAUは人間に近い声は出せないけれども、人間にはできない歌声が作れるところが強みです。力強い声やロボロボした声で、スペースっぽい曲はUTAUのほうがしっくりくるというアーティストさんもいます。Synthesizer Vをリリースしても、両方に個性があり使い分けられると思います」

「Synthesizer V AI 重音テト」の持つUTAUとは異なる側面

――今回「Synthesizer V AI 重音テト」でとうとう商業ソフト化を果たします。なぜボーカロイドではなくDreamtonics(東京都千代田区)の音声合成ソフト「Synthesizer V」でのデビューになったのでしょうか。

小山乃「テトはUTAUでは今の音声素材で十分歌える、天井に届いている、これ以上のことはもうできないと思っていました。Synthesizer Vを初めて聞いたとき、それを超えるツールがでてきたとびっくりしました。『音声合成らしくない、人間そのものじゃん!』と」
エナメル「UTAUのテトとは全く別の滑らかに歌うテトなら出す意味がある、と感じました。
もちろん10年前はテトをボーカロイドにしたいという思いもありましたが、現在は多様な音声合成ソフトが登場し、選択肢が生まれました。そのなかでテトが進化できると感じられる形を選びました」
小山乃「後から知ったんですが、『Synthesizer V』を開発した華侃如(フア・カンル)さんはUTAU用の合成エンジン『Moresampler』を開発した方です。『Synthesizer V』はその知見を生かしたものだそうで、言わばUTAUの進化版。そこも運命だったのではないかと感じています」

――「Synthesizer V AI 重音テト」で公開された新ビジュアルのコンセプトやこだわりをお聞かせください。

「Synthesizer V AI 重音テト」で公開された新ビジュアル
「Synthesizer V AI 重音テト」で公開された新ビジュアル
小山乃「歌声がリアルなのでアニメっぽすぎない画風がいいと思い、イラストは坂内若さんにお願いしました。
若さんは前から素敵なイラストを描かれる方だと思っていて、とくに衣装の引き出しが豊富な方です。ビジュアルはキャラクターとして1番大事な要素なのですごく悩みましたが、今回は軍服とアイドルの掛け合わせでお願いしました。
こだわりとしては、私の中でテトは小悪魔っぽい印象があったので、パニエを白にすると天使っぽくなってしまうので、黒に変えてもらいました。テトらしい『ふふん!』とした得意げな表情も気に入っています」
エナメル「せっかく新しいエンジンで出すんだから別の要素も入れたいとも思いました。UTAUは黒っぽいデザインだけど、今回はグレー。シルエットにも違いを出したいと思い、だぼだぼとした服装だったのが、メリハリあるシルエットになりました。腰はきゅっとしているけど、スカートはふわっと広がっている。
一方、ピンクの共通点を持たせることでこれまでの雰囲気にも寄せています。UTAUとSynthesizer Vのデザインを並べると、よりお互いの共通点や関係性が分かると思います。

――アイドルの要素を加えたのは、なぜでしょうか?

小山乃「Synthesizer Vでのリリースが決まったとき、『本物になる』というイメージがあったのでちゃんとした服でステージに立たせてあげたいという思いがありました。今思えば最初から本物だと思うのですが、晴れ舞台に立たせてあげたいと考えていて、歌姫としてアイドルのような服が似合うのではないかと考えました」

これからも「テトから目を離せない」

――発売を告知してみていかがですか。

小山乃「発表までは過去一ドキドキしていました。3日前からずっとヤバいって言っていて。みんななんて言うんだろう、スルーされたらどうしよう、ネガティブになって、心配していました」
ベビタス「小山乃は特に(笑)みんなでなだめる感じでしたけど、みんな緊張で寝てなかった。小山乃が言い出してから1年以上内緒でやっていたので。
でもなるようにしかならない。結果、公表してみたら好評すぎちゃって」
エナメル「エゴサが止まらない(笑)」
小山乃「Synthesizer Vの発表は海外からの反響も大きかったです。YouTubeで公開したデモソングのコメント欄は多言語でした。英語や中国語での歌唱も可能なので、『これで私も歌わせることができる』と待ち望んでいた方が多かったみたいです。15年間お待たせしました!」

――重音テトが生まれてから15年、皆さんはなぜ活動を続けられたのでしょうか?

エナメル「我々は企業ではないので、収入が必要なわけではない。今まで関わってこれたのは、テトが面白い話をどんどん持ってくるから飽きない。いろんなことを見せてくれて、体験したことのない体験ができる」
kappa「個人では関わることのない企業と関われ、フィギュアの監修までできるとは思いませんでした。ここでやめたら次面白いことに関われない。『また何か面白いことが起きるのではないか?』と思い、途切れずにここまで来ました」
小山乃「テトから目を離せない」

――最後にそれぞれ一言ずつコメントいただけますか。

小山乃「テトを使いやすくしつつ、できるところでは露出を続けたいです。テトを通して楽しいことをしたい。企業ではないので、テトの保護者という立場で楽しいことに取り組んでいきたいです」
一同「テトと一緒に遊びたい、だね」
kappa「その通りで、みんな同じ気持ち。ずっとこの4人が中心となって活動してきて、テト関係なく飲んでいても楽しい。こうしたい、ああしたらできるって言いあうのが楽しい。今後も半ば無責任なことを言いつつ、楽しく活動を続けたいです」
ベビタス「テトに楽しませてもらっています。テトを使っている皆さんからも楽しませてもらってると思います。Synthesizer Vの登場でそういう機会が増えるのは楽しみです」
エナメル「我々が楽しむという前提があり、重音テトを絡めることよりで楽しいことに取り組めている。15年、いろんな人に応援してもらって支えられてきました。基本的には緩く活動してきましたが、15周年は本気で遊びます!夏コミに当選したら久々に公式グッズも出せると思います」
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