最近の株価の動きから「そろそろ潮時ですよ」と取引を勧められた。これは、利益を確定する「売り時」なのか。それとも、さらなる上昇を見込んだ「買い時」なのか。その「潮時」の意味は時代によって違うという。「ものごとの終わり」を選んだ人は46.7%で多数派「潮時」はもともと海の潮の満ち引きに由来する言葉だ。辞書では「あることをするのに、ちょうどいい時期」とされ、「好機」ともいいかえられる。たとえば「彼女に話しかける潮時をうかがう」は本来の意味での使い方だ。ところが、文化庁が2025年9月に発表した「令和6(2024)年度国語に関する世論調査」によると、潮時の意味として、この「ちょうどいい時期」を選んだ人は41.9%にとどまる。反対に、本来の意味から外れた「ものごとの終わり」を選んだ人は46.7%で、こちらが多数派となっている。日本語は生きものだ。時代や社会の変化にともない、意味や使い方の姿を変えていく。「潮時」も、ふりかえれば2012年度の世論調査では、本来の「ちょうどいい時期」が60%を占める多数派だった。「ものごとの終わり」は36.1%と少数派だった。それから10年余で立場が逆転したことになる。引退や別れのタイミングについて使われる「潮が引く」イメージが、引退、幕引き、引き際などを連想させたからだろうか。インターネットの情報サイトには当時から「○○選手が代表引退『今が潮時』」や、「もうこれ以上続かないかも恋愛の潮時を見極める」といった表現が見られた。「『潮時』が来たら『終わり』なのか」と題する文化庁広報誌のコラムは「喜んで迎えるものではない『引退』や『別れ』などのタイミングについて使われることが多いようだ。『ものごとの終わり』という意味で読み取ってしまう人が増えているのかもしれない」と解釈のズレを指摘していたが、それが年月を経てさらに大きくなっている。そうしたなかで2024年度の調査結果の年代別をみると、目を引く傾向が一つある。16~19歳で「ちょうどいい時期」(47.7%)が、「ものごとの終わり」(37.4%)をかなり上回っていることだ。若い世代がなぜ世の中の流れに反して、伝統的な意味を選ぶ傾向にあるのだろう。文化庁は言及していないが、学校で辞書にそって「正しい意味」を学ぶことや辞書アプリの影響などが考えられるかもしれない。話し手の意図した意味が、聞き手に正しく伝わらないことがままある。投資の「そろそろ潮時ですよ」の指すところについても、しっかり確認するほうがよさそうだ。言葉の意味は一つではない。(ジャーナリスト 橋本聡)
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