かつて「猫の目農政」と揶揄されたように、日本の農業政策はころころ変わった。2025年10月に小泉進次郎氏から農相を引き継いだ鈴木憲和氏はいきなり「おこめ券」を配ると言いだした。コメ増産に舵を切ったはずの石破・小泉農政転換は消えてしまったのか?両大臣、どっちもどっちだと別の農政を説く農学部卒業、経産省出身の福島伸享衆議院議員(無所属)に日本農業の実態とその将来を聞いた。(インタビュー 政治ジャーナリスト・菅沼栄一郎)おコメの値段は30年前と同じ、なぜか?鈴木農相はコメ価格に政府は関与しない、ということを言いたいのだと思います。ある意味当たり前。備蓄米などで価格形成に政府が関与しない、というのは当然だと思います。一方で、需要に対してコメの供給が少ない局面では、コメの値段は上がります。でも、だからお米券だ、というのも素頓狂な話です。そもそもコメの値段は、上がらないものなんです。2024年のお米の値段は、30年前のお米の値段と同じです。この30年間に農家の人たちはどうやって生きてきたんでしょうか。モノの価格は需要と供給で価格が成り立つといいますが、実際の世の中では、そうじゃない。携帯電話の価格は需要と供給で決まるのでなく、メーカー側が一方的に決めています。経済学的には独占価格というのですが、生産者側がまず値段を決めることができる。これが一般的な産業です。生産者に価格交渉力がない、放っておけば価格はどんどん下がる農業の場合はそうじゃない。そもそも需要に応じた生産ができない。四季がある天気の中で、コメができる時期も決まっているから、需要が増えたからと言っていきなり供給はできない。また、農産物には貯蔵性がない。長く持てば持つほど価格が下がる。次の年になって新米が出てくれば、とたんに前の年のコメ(古米)は、価格が下がってしまう。つまり売る側の立場が弱い。また、天候などによって計画的に作ることができない。暑くなったら生産量が落ちるのと同じで、計算通りに行かない。生産者には著しく価格交渉力がありません。放っとけば値段は下がっていく、という特性がある。そこに何らかの政策的な関与が必要になる。他の産業とは全く違うところがある。この30年間、コメの値段は下がり、2万6、7000円だった値段が1万円近くまで落ちてしまった。これだけ下がった品物は他にありません。大規模農家はつぶれ、零細農家が生き残るこの間に大規模化は確かに進んだ。コメの値段が安くなったから大規模化が進む、との話がありますが、今や大規模な農家でもつぶれ始めています。私の地元・茨城県でも、専業でやっている大規模農家がつぶれた。2024年もその前年も、企業的にやっている水田農家の倒産件数が史上最大でした。最近は、値段が持ち直したのに倒産するんです。逆に、零細農家は値段がいくら下がっても倒産しない。主たる収入はコメではない。役場の職員やサラリーマンなど、ほかでおカネを稼いでいる。値段が下がって倒産するのは大規模農家と専業農家です。コメを自由に作らせれば、大規模化が進んで専業農家が生き残るという、というようなことは、高校生レベルの机上の経済学の世界であって、現実はまったく違います。これまで値段を維持するために需要と供給をカツカツにしてきたわけです。鈴木大臣の言う需要に応じた生産です。農機具が飛ぶように売れた、その結果は価格高騰の原因で一番大きかったのは、南海トラフ地震が起きるとのうわさが広がって買いだめが起きた、これが需要側の要因。供給側は、猛暑によってコメの生産量が落ちていた。需要と供給がカツカツだったところに、こうした要因が重なって将来の米不足や価格高騰の見込みが出回り、みんなが手持ちのコメの量を増やしたために需給がひっ迫して、上がっていったというのが実態だと思う。政治的には、何かやらなきゃいけないから、小泉進次郎・前農水相の時に、備蓄米をまず出した。「政府が供給を増やすから足りなくならない」というイメージ作戦です。もうひとつは増産しましょうと言い出した。このまま増産すると、民間の在庫は増えていきます。現にもう民間在庫はかなり増えています。いずれ、その在庫が余って、来年(2026年)春ころになって、今年も天候が順調だと見えてくると、コメが暴落する可能性があります。元々コメは、値段が下がりやすいもので、供給が多くなると暴落する可能性がある。困るのは専業農家です。今年(2025年)は農機具が飛ぶように売れた。コメの値段が上がって、ちょっとおカネが入ったから農機具を買おうとなる。農機具と言っても数千万から1億円しますから、みなローンを組む。で、コメが下がるとローンが払えないって人が出てくる。経営は単年度単位でやっていませんから、たちどころに資金がショートする。会社形態でやっている所ほど倒産する。倒産しても田んぼは残る。農業がたいへんなのは、倒産しただけじゃすまないことです。所得が減った部分を農家に直接払った1990年代欧州の農業政策そこで出てくるのが、かつて民主党でやっていた『戸別所得補償・直接払い』です。値段が下がった時に、赤字になるようだったら、その差額を直接農家に支払う。市場に価格は任せるけれども、先が見通せる。1990年代にヨーロッパで始まった農業政策です。東西冷戦が1989年に終わって、WTOができたのが1995年。自由貿易の時代、グローバリズムの時代が始まって、どこの国でも問題になったのが農業です。生産性の低い農業を自由貿易の下に置いたら、自国の農業はつぶれてしまうのではないか。たとえ価格が下がったとしても、農地を維持して農業が続けられるという「直接支払い」、農家の所得が減った部分を直接農家に補填する、というやり方をヨーロッパはとった。日本は民主党政権(2010年)になってようやくそれを入れた。財務省はこれを嫌がっています。現在も野党はみな主張しているけど、自民党は言わない。基本法改正で農家にお金を入れる方法を閉ざして八方ふさがりその財務省の立場が反映されたのが、昨年(2024年)の農業の憲法と言われる食料・農業・農村基本法改正法案でした。改正前は、国が食料の自給率に関する目標を定めることとされていた。でも、この食料自給を食料安全保障という言葉に変えて、「自給」をはずした。コメはほぼ100%自給です。主食だからという理屈ですが、その言葉をはずした。これまで水田農業に予算を投じる根拠は食料自給率の確保だった。それが食料安全保障となると、安全保障というのは、「国内産+輸入』ですよ。この基本法改正には、安定した輸入の確保という項目もあって、米国とかオーストラリアとか同盟国から輸入するものは、輸入であっても安定しているからいいという理屈です。政策体系を変えることによって、直接支払いのように、農家全体にお金を入れるような道を閉ざした、というのが、2024年の法改正でした。これで直接支払いがやりづらくなった。八方ふさがりになったから、お米券のような愚策が出る。備蓄米の放出とか、どれも愚策だと思いますよ。でもそれしかやりようがない、という隘路に日本の農政は陥っている。高市政権は財務省をオーバーライドする(乗り越える)と言っているから、もしかしたら、善意にとれば、農政転換があるのかもしれないともとれる。市場価格は市場で決める、とはそういうことです。石破さんや小泉さんがやってきた農政は、私は『亜流』だと思う。農政改革と言う名の素人の改革・石破農政を、私は全く評価していない。どういう背景で鈴木さんが農水大臣になったかわからないが、あの真面目でおとなしい人が石破農政を否定している。だれか後ろ盾がいなければできないはず。財務省と正面切った農政議論をやらなければいけません。高市首相がそこまでやるんだったら、私は応援したいと思います。
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