相続は単なる財産の分配ではなく、家族の歴史や感情が表面化する場でもある。特に過去に不公平感や誤解を生む出来事などがあった場合、相続をきっかけに長年のわだかまりが噴き出すことがある。
今回の事例では、30年前の父親の贈与をめぐる遺恨が、母の遺産をめぐる争いで再燃し、兄弟間の関係を壊してしまったケースを取り上げる。
相続の場で噴き出した長年の確執
母・洋子(仮名・75歳)は、自宅不動産と現金を複数所有していたが、遺言は簡潔で「子どもたちに均等に」とだけ記した。長男・直樹(仮名・50歳)は、若い頃から母と一緒に暮らし、家事や生活の手伝いをしていたが、30年前、父から直樹だけに高額の贈与があった。この贈与は当時、兄弟間の関係に微妙な影を落とし、次男・剛(仮名・48歳)には不満が残る原因となった。
剛は、贈与を受けられなかったことを心に抱えて、母の遺産をめぐる話し合いでも、その感情が再び表面化することになる。一方、長女・真理子(仮名・45歳)は別の都市に住み、母の遺産には関心があったが、過去に兄弟が贈与をめぐって争った経緯を知っており、争いに巻き込まれるのではないかと不安を感じていた。
母の死後、遺言書が発見されると、剛は「長年我慢してきた不公平を解消できる」と考えた。最初の話し合いでは、直樹は「昔のことも含めて、自分なりに家族のために頑張ってきた。それも考慮してほしい」と自分の立場や努力を訴えた。
剛は「昔は兄だけが優遇されて、自分は我慢してきた。今回は公平に分けられるべき」と感情を交えて反論したという。真理子は二人の間で板挟みになりたくないという思いから距離を置き、どちらにも肩入れしなかった。
剛は父の贈与記録や通帳のコピーを整理し、家族の話し合いの場で提示して「当時の差は無視できない」と訴えた。直樹は「自分は学費や生活支援、母の介護も担ってきた」と反論し、互いの言い分は平行線のまま、会話は次第に感情的になった。剛は父からの不公平な扱いを強く意識し、直樹も「当時は家庭状況や親の意向があった」と譲らなかった。
真理子は激しいやり取りを見て、介入することで関係を悪化させると考え、自分が主張するのは避けた。話し合いが平行線のまま続いたため、弁護士と税理士が関与し、家庭裁判所での調停に進むこととなった。
最終的に、母・洋子の遺産は、法的に均等分割されることで決着したものの、長年の遺恨は解消されず、直樹と剛はほぼ絶縁状態となった。真理子も兄弟間に介入できず、距離を置いたままで、家族の絆は崩れてしまった。(※プライバシー保護のため、内容を一部脚色している)