記録的な円安などの影響で、2025年に日本を訪れた外国人観光客は4268万人に達した。そんななか、鹿児島県が打ち出した新たなインバウンド(訪日外国人客)向け施策が、インターネット上で大きな議論を呼んでいる。具体的には、鹿児島県内で1泊以上する外国人観光客を対象に、博多〜鹿児島中央間の新幹線片道運賃について、1人あたり1万円を補助するというものだ。予算規模はPR経費も含めて約2億7800万円に上る。この施策について、塩田康一知事は「観光関連産業は裾野が広く、県民全体の利益につながる」と説明している。しかし、このニュースが報じられると、SNSを中心に批判の声が相次いだ。「フリーライド(ただ乗り)感」のある施策かつて、訪日外国人向けにはJR各社が提供する「ジャパン・レール・パス」という極めて安価な乗り放題チケットが存在していた。しかし、「安すぎる」「混雑の原因になっている」という声もあり、2023年秋に大幅な値上げ(実質的な適正価格化)に踏み切った。このように、国全体が訪日外国人向けにも適正な負担を求めるフェーズへと移行しつつあるなかで、再び自治体が多額の税金を使って交通費を肩代わりするというのが、今回の鹿児島県の施策だった。そもそも、鉄道を含むインフラを日々維持しているのは誰かという現実がある。鉄道網であれ、清潔なトイレであれ、治安の良い街並みであれ、それらは地域住民が長年にわたって高い運賃を払い、税金を納めることで維持・存続させてきたものである。そこに「経済効果があるから」という理由だけで、地域住民の税金を使って外国人観光客の旅費を補助することは、一種の「フリーライド(ただ乗り)感」を強烈に意識させるからだ。これが不満の火種となるのは当然である。トリクルダウン理論は崩壊している「外国人がお金を落とせば、最終的に国民全体も豊かになる」――いわゆるトリクルダウン理論は、インバウンド政策の大きな大義名分であった。しかし、現実はどうだろうか。経済産業省が2026年3月に発表した「国内旅行の動向について -旅行形態に変化が-」によれば、インバウンド需要による宿泊費の高騰や急激な物価高により、日本人の国内旅行者数は伸び悩み、あるいは減少が予測されている。さらには、「旅行業」の指数は横ばいに推移しており、各家庭の旅行関連への支出も横ばい傾向にあるという。トリクルダウンの神話が崩壊し、各家庭の家計がひっ迫するなかで、外国人観光客だけを優遇するかのような今回の施策に、疑問が集中するのは、ある意味では当然の成りゆきだったのかもしれない。税で客を呼ぶのではなく、地域の活性化をこの歪みを是正し、観光客と地域住民が共存するためにはどうすればよいのか。そのヒントは、海外の事例や国内の新しい動きにある。たとえば、タイやカンボジアなどの観光大国では、国立公園や遺跡の入場料において「外国人価格」と「現地人(居住者)価格」を明確に分ける二重価格(デュアルプライス)が定着している。外客からは適正な利益を頂き、自国民のアクセスは保護するという合理的なシステムである。日本国内でも、豊洲市場に隣接する「千客万来」のように、インバウンドの購買力に合わせた高価格帯(プレミアム設定)のメニューを展開する施設が増えている。そして最も重要なのは、税金で観光客を呼ぶのではなく、観光客から税を徴収し、それを住民のインフラ整備に充てることだろう。全国計20の自治体で、この4月から、日本人・外国人を問わずホテルや旅館に泊まる人に課す宿泊税の徴収を始めた。こうした税金の導入で得られた収入を透明化することで、地域の活性化につなげることが期待されている。いま求められているのは、経済効果の皮算用で税金をばらまくことではなく、足元で社会を支える住民の生活を守るための適正な徴収と、地域への直接的な還元のシステムを構築することだろう。
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