名古屋でアイドル7年、卒業2日後にUターン 「カープ女子」押し上げたのは「ファン+マネジャー=ファンマネ」だった

名古屋でカープ応援するのは「なかなか大変な部分も」

お気に入りカットは「黒のランジェリー」
お気に入りカットは「黒のランジェリー」

―― SKE48時代は(1)SKE48の選抜メンバーに入ること(2)地元広島で仕事すること(3)広島カープの応援歌「それ行けカープ」リレー映像に出ること(4)マツダスタジアムで始球式をすることの「4つの夢」を掲げて活動し、在籍中に3つ、始球式も卒業後の4月3日に実現しました。夢をかなえたことで知名度が上がったと思いますが、卒業からの半年で、環境はどのように変わりましたか。スケジュールの自由度は増しましたか。卒業してからすぐに広島にUターンしたそうですね。

藤本: 2日後に帰りました......!SKE48時代は急に入ってくるグループとしての仕事に備えて、常にスケジュールを空けておく必要があり、美容院や病院の予約が事前に取れない生活でした。前日になって電話で確認して空いていたら行ける......といった具合だったのですが、今は個人の裁量なので、「この日は無理です」と言えばお仕事を入れないこともできます。スケジュールは組みやすくなりました。

―― 広島に帰ったことで、カープを応援しやすくなったのではありませんか。名古屋で中日ドラゴンズ以外を応援するのは大変だったでしょう。

藤本: まあ、まあ、そうですね......。SKE48 はドラゴンズの公式応援大使を務めているので、関連のお仕事もたくさんあったのですが、私は全部お断りしていました。一人で広島ファンをやっていたので、なかなか大変な部分もありました。今はそれが全くなくなったので、全然違いますね。

―― 自信を持って応援できるわけですね......!3月にはレギュラー番組「ふゆっぴの今夜もウイニングカープ」(RCCラジオ)が始まり、4月には始球式。大きな仕事が続きました。

藤本: 始球式は念願だったので、すごくうれしかったです。人生で一番緊張しました。しかも誕生日という素敵なタイミングだったので、一生忘れないと思います。

―― 読売新聞の正月企画として掲載された、横田美香知事との対談も大きな仕事です。

藤本: 知事も広島にUターンされたとのことで、「分かりますよね......!」みたいな感じでお話しさせていただきました。路面電車が広島駅ビルに乗り入れるようになっていて驚いた話などで盛り上がりました(笑)。
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