2018年 9月 23日 (日)

一人で泥水を飲むのか佐川氏 「神童」と呼ばれたエリートの生い立ちと転落人生

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   きょう27日(3018年3月)、森友学園への国有地売却の決裁文書書き換え問題をめぐり、佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問が行われた。

   佐川氏に証人喚問をし、理財局の責任を明白にすることでこの問題を終わりにしたい与党側と、これを突破口に総理官邸や安倍昭恵夫人の関わりも明らかにしたい野党側。しかし、午前中の審議では「訴追の恐れがある」と証言拒否を連発、真相解明にはほど遠い証人尋問となった。

   何を語るかに注目が集まった佐川氏だが、ビビットは「転落したエリート」の生い立ちと人物像に迫った。

父の死で3人の兄が働いて学費を工面

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   1957年福島県いわき市で生まれた佐川氏は、子どものころから勉強が大好きで成績は常に上位。地元で有名な「神童」だった。

   中学3年生のとき、ある転機が訪れた。父の死だ。

   高校進学時には3人の兄が働いて学費を工面した。このころ、同級生に「兄たちのためにも東大に行きたい」と話していたという。

   2浪の末、東京大学経済学部に入学。さらに猛勉強をし、在学中に難関の国家公務員Ⅰ種試験に合格した。1982年、当時「最強官庁」と呼ばれた大蔵省にキャリア官僚として入省した。

   大蔵省時代の2期先輩で、プライベートでも親交のある自民党の寺田稔衆院議員は「一緒に箱根旅行した時、スーツ姿でアタッシュケースとメモ帳を持って現れた。レジャーも仕事も区分ないじゃないか、と思った」とそのマジメぶりを語る。

   43歳で花形ポストである塩川正十郎財務大臣(当時)の秘書官を務め、60歳でいわゆる「ナンバー2」である国税庁長官にまで上り詰めた。

   そして就任から9か月、その道のりは謝罪と辞職で閉ざされた。

   国分太一「佐川さんはすべてをぶちまけてくれるのでしょうか」

   有馬晴海さん(政治評論家)「難しいのでは。佐川さんは官僚としてずっとやってこられ、ほかの世界を知らない。そこでの育ち方しか選択としてはないのでは」

   倉田真由美「えー、そんな1人で泥水飲むなんて!」

   真矢ミキ「これを乗り切れば佐川さんの今後は守られるのでしょうか...」

   今市憲一郎(TBS政治部長)「刑事訴追はプレッシャーです。一方で、全ての責任が佐川さんだけにかかってくるとしたら......。刑事訴追の重さと比べてどうとらえるかですね」

文   ピノコ | 似顔絵 池田マコト
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