2020年 10月 30日 (金)

秋篠宮「娘から結婚の見通し聞いておりません」親子断絶か?待ってましたと飛びついた週刊誌

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   21日(2019年6月)の秋篠宮の発言が話題になっている。ポーランドとフィンランドの公式訪問を前に夫婦で会見し、長女・眞子さんの結婚問題について聞かれ、「娘の結婚の見通しですが、私は娘から話を聞いておりませんので、わかりません」と答えた。紀子さんも「同様でございます」というだけだった。

   紀子さんは5月に、眞子さんと2人だけで京都・大聖寺の茶会に参加しているため、もう少し踏み込んだ答えがあるのではないかと期待していた皇室記者たちを、ガッカリさせたのである。

   週刊誌はこれをどう伝えたか。<「眞子さまと小室さんの結婚に関しては、状況は膠着状態です。今は解決を急ぐタイミングではないとお考えなのだと思います」(秋篠宮に近い関係者)>(女性自身)、<秋篠宮ご夫妻が下した小室圭さんとの「決別」>(週刊女性)

   <「"現状のままでは納采の儀は行えない"と明言されました。今回のご発言は、国民に向けて"あれから一歩も進んでいない、厳しい対応のままです"ということをお伝えになられたかったのだと思います。(中略)会見ではずいぶんおやせになられた印象でしたが、秋篠宮さまの苦しい胸の内が垣間見えました」(秋篠宮家を知る関係者)>(女性セブン)

   やや見方は違うが、眞子&圭問題がいい方向には進んでいないと見ているようである。週刊文春、週刊新潮はどうか。秋篠宮家研究を始めた週刊文春は、今回の発言は美智子さんが体調の問題もあって"不在"だったため、<今回の「聞いていない」発言は美智子様の "ご不在"ゆえに率直に吐露された「限りなく本心に近いもの」>だと、秋篠宮家関係者はいっている。

   昨年の誕生日会見での発言は、小室家の借金問題は迅速に解決すべしという美智子さんの考えに忖度して発言したもので、秋篠宮にとっては「内心忸怩たる想いがあったはずだ」(同)というのである。

   秋篠宮の教育方針の基本は「自由」だという。娘の「自由」は尊重したい、だが周囲がそれを許さないというジレンマで、悩み、心身をすり減らしているとすれば、同情するに余りある。

   週刊新潮は、この会見で2つのことが明白になったとしている。一つは、秋篠宮家の親子の断絶が、噂だけではなく現実だったことがハッキリした。いま一つは、小室家から具体的な連絡がなく、解決の目途が立っていないことがわかったことだと、皇室ジャーナリストの久能靖が話している。

   この会見後、ネットでは、「子を持つ親としての責任を放棄したのか」「まるで他人事ではないか」という批判的な声が上がっているという。子を持つ親の悩みや苦しみなど、まったく理解しない連中たちなのであろう。現代版ロミオとジュリエット物語は、まだまだ先が見えてこないようである。

ジャニー喜多川「体調急変」で始まった美少年芸能帝国の崩壊

   戦後の男性アイドルブームを創り上げたジャニー喜多川(87)が、6月19日に渋谷区内にある自宅マンションで倒れ、緊急搬送された。意識レベルはかなり低下して、血圧や体温が上昇し、一時はかなり危険な状態だったようだ。事務所所属のタレントたちが病院へ駆けつけ、周辺は大変な騒ぎになったそうだ。

   ネットでは、喜多川の死亡説も流され、私のところにも、万が一の時には原稿を書いてくれという依頼が来た。これを書いている時点で訃報は届いていないが、もし彼の死が現実になった時、テレビ、新聞、雑誌は、ジャニー喜多川についての特番や特集をどうやるのだろう。

   写真は少ないし、彼について分かっていることも極めて少ない。週刊新潮によれば、父親が真言密教の開教師の喜多川諦道。父親がロサンゼルスのリトルトーキョーにほど近い、高野山米国別院に赴任していた1931年に生を受けている。彼の本名は「ひろむ」というそうである。

   父親は企画力があり、母親は日舞の名取だった。本尊の前を仕切ると手前がステージになり、コンサートなどを行ったりしていた。戦後は、女優の田中絹代や歌手の美空ひばりが来てショーを開いたことがあるそうだ。

   一家は帰国したものの、ジャニーは終戦後にロスに戻り、現地の高校へ通う。高校時代にロスの劇場で見たミュージカルに感銘を受けたという。帰国後は駐日アメリカ大使館に勤務し、「ジャニーズ」という少年野球チームを指導する。このメンバーだったあおい輝彦ら4人が、1962年に芸能界デビューするのだ。以来、フォーリーブス、たのきんトリオ、シブがき隊といった「美少年」たちを次々に発掘、デビューさせていく。

   今ではグループ全体の売上が1000億円を超えるそうだ。よくいわれるように、売れる美少年を見つけ出す眼力と、それを育てるのはジャニー、営業やマネージメントをやるのは姉のメリーと役割分担がハッキリ別れていた。そのジャニー喜多川にも老いが忍び寄っていた。「異能の男 ジャニー喜多川」を書いた小菅宏はこう話す。「10年ほど前にお会いした時、珍しくこんなことを漏らしたんです。"実は最近、ウチの子がみんな同じように見える"って」

   ジャニーズ事務所はたった一人の「異能」の男に支えられてきた。それがいなくなればどうなるかは、小学生でもわかる。

   週刊文春によれば、最近は、メリーと娘のジュリーが仕切る事務所と上手くいっていなかったという。映画や舞台に出したいタレントを提案しても、メリーから「ジャニーはあっちへ行って」とのけ者にされてしまう。ジュニアをデビューさせたいという意見もほとんど聞き入れられなかったという。<「ジャニーさんは『(ジャニーズ事務所)はもう僕の会社じゃない』とため息をついていた」(ジャニーをよく知るタレント)>

   先の小菅がいうように、「ジャニー氏の感性と世界観は決して他人が受け継げるようなものではない」のは間違いない。異様とも思える少年愛が、私を含めた雑誌で批判されたこともあった。ジャニー喜多川という人物が芸能界で果たした功と罪を検証するのは、これからであろう。

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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