2024年 4月 26日 (金)

志村けんは「8時だョ!全員集合」の第1回が放送される1週間前に忽然と姿を消した。テレビ局員が西武線の車内に佇んでいる志村を見つけて声を掛けると、気まずそうにしていたが答えはなかった

横田滋は娘・めぐみが拉致されたとわかったとき、実名公表を決断した。妻・早紀江は「殺される」と反対したが...正解だった

   ところで、娘・めぐみを北朝鮮から救出するために闘い続けた横田滋が亡くなって、早、2か月以上が経つ。享年87。

   新潮で、ノンフィクション・ライターの歌代幸子が、残った妻の早紀江(84)に話を聞いている。早紀江は、ほとんど喧嘩はしなかったが、一度だけ意見が食い違ったことがあったと話す。

   「23年前、めぐみが北朝鮮に拉致されたことがわかり、マスコミに実名を公表すると決めた時。お父さんは救出の糸口になると信じ、絶対にやるんだと言う。私と息子たちは『北朝鮮に殺されてしまうかも』と反対しましたが、お父さんは頑として譲らなかった。あの決断がなければ、この問題が世界中に知られることはなかったでしょう。お父さんの判断は正解でした」

   弱音を吐かないが、その代わりに酒を飲んだという。それが次の日の活力になったのだろう。最後は胃ろうをつけて、言葉も出にくくなったという。

   バスで15分ほどの病院へ毎日、早紀江は通った。だが、新型コロナウイルスのまん延で、3月以降は面会謝絶になってしまった。

   6月に入り、ようやくわずかな時間、面会を許された矢先、危篤に陥り、天国に旅立った。

   早紀江は日本政府への怒りを隠さない。

   「私は43年間も闘ってきたけれど、いまだに北朝鮮との交渉は何も進んでいません。何で国はもっと真剣に動いてくれないのかと、怒りや苛立ちが募るばかりです。(中略)

   北朝鮮もものすごく困っているし、何かで爆発することがあるかもしれない。それがどうなるのか私はわからないけど、その時にちゃんと日本が動けるように計画して、準備しておいていただかないと困るわけです」

   夫の思いを受け継いでいくという意志は、少しも揺らいでいない。安倍首相は、最後の仕事として、北朝鮮に単身で乗り込み、金正恩と差しで話し合う覚悟はないのか。ないだろうな。

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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