石橋冠監督の最後の演出作品である。名監督が選んだ題材は、若くして余命を宣告された優しい女性の、穏やかな日常の描写である。
元大学職員で今は翻訳家の笹井亮介(寺尾聡)の家に、信州・安曇野に夫と暮らす娘の田渕ゆり子(石原さとみ)が突然大きなスーツケースを持って帰ってくる。ゆり子は笹井の教え子だった田渕繁行(向井理)と2人暮らしで、田渕は教師をしているが子供はない。
離婚でもしたかと心配する笹井に対し、何にも理由はない、「お父さんと暫く一緒に暮らしたい」としか言わないゆり子。だが、実はゆり子はガンを宣告されており、余命がいくばくか、その半分を父と暮らそうと戻ってきたのであった。ある日、亡き母親の墓の前で号泣しているゆり子の姿を目撃し、笹井はすべてを察知する。
不器用で仕事一筋だった笹井が、1人暮らしの中で料理も上手くなり、ゆり子と2人で台所に立つ何気ないシーンが続く。オリジナル脚本の岡田恵和は、血の濃い父娘の間の、最も人間らしい地の出る場面は「家での食事時」だと考えたのだろう。確かに、亡き母が得意だった白和えが、最後に出てくる。つまり、この親子にしかわからない母が健在だった頃の、「家の味」が他人にはわからない2人の絆を象徴する。安曇野の梓川(?)清流の美しい風景と永遠の存在に比べて、限りある人間の命の儚さが胸に響く。寺尾聡が素晴らしい。点景人物の挿話などを入れなかったのが大正解であった。(放送2021年1月4日20時~)
(黄蘭)
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