【連載】ブロードバンド“闘争”東京めたりっく通信物語
12. 平時に乱を起こそう

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「あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃
「あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃

   「決起」という言葉は、今日、ほとんど死語に近い。労働組合運動や学生運動の華やかなりし頃の集会や行事では、気勢を上げるキーワードとして何か戦闘的なことが始まることを強調するのによく使われたものだ。

   だが、「戦後」の消滅と長期にわたる経済的繁栄に耽る我が国では、戦闘的であることはいつの間にかダサく、「格好悪い」モノになってしまった。

   平時に乱を起こす、そのために決起することは悪党下人の領分となった。だが、この領分で太平の世に引き起こされた「乱」こそが、これから語る物語である。

   通信ベンチャー東京めたりっく通信株式会社(「TMC」または「東めた」という略称で表わすことが多い)の起業には実に「決起」という言葉がふさわしい。NTTの下に秩序だてられて平穏の内に眠る情報通信という平時に乱を起したからである。

   その乱の旗印こそがADSLに他ならない。この会社が起業した1999年、NTTは日本の情報通信インフラ・ストラクチャーの大部分を全面的に独占する強大にして揺らぎない存在であった。

   そのNTTは日本列島を10年以内に光ファイバーで覆い尽くすFTTH(Fiber To The Home)3千万本構想実現に向かって差したる抵抗も受けずまっしぐらに驀進中であった。

   この構想に関する、実現性、具体的な恩恵や利便性、それに費やされる金銭、人的投資は誰が担うのかという当然起こるべき疑問は、大した議論も行われず、ほぼ不問に付されていた。『NTTがそういうのだし、郵政省(現総務省、以下同様)もこの計画に国家補助を与えているのだから、NTTに路線変更を迫るなどは現実性に乏しく、無意味である』と考えるのが一般の常識であった。これに敢然たる抵抗の狼煙を上げたのが、設立時5人、最盛時150人のベンチャー決起部隊が我々東京めたりっく通信である。

   NTTが10年内でスクラップを目論んでいた銅製メタル線を捨てるのなら、自分たちに使わせろと名乗りを上げた。

   設備が整えば明日からでも、FTTH並みの通信サービスを通常の電話線と利用するADSLで提供する事が出来るとねじ込んだのである。まさに悪党下人の発想、あるいは筋の悪い仕業といわず何と言おうか。

   NTTは当初『うるさい蝿が飛んできた』という無関心という鷹揚さで応じた。しかし、東めたに次いで複数の通信ベンチャーの出現、インターネットアクセス高速化へのユーザーの希求、郵政省の競争政策により次第に態度を変化させ、何よりもインターネットユーザーのADSLサービス加入者が激増したことにより、自社の通信市場防衛のため、FTTH大構想を大幅に軌道修正、一時凍結を余儀なくされた。

   当初は脇役或いは色物程度の認識であった自社のADSLサービスを本格的に提供する事に踏み切ったのである。遺棄すると宣言までしたメタル線で商売をやるどんでん返しがおこった。

   それはTMC創業からわずか1年半後の2001年1月であった。最初は乱に過ぎなかったTMCとNTTの小競り合いは一挙に騒乱へと変化した。

   しかしそこにはもはやTMCの姿はなかった。TMCを吸収したソフトバンクの登場によって、本格的な戦場が生まれたのだ。それはもはや「乱」と呼べるようなレベルではなく、本格的な「戦い」と変化した。「戦い」に興味を持つ方はここで本を置くのが懸命である。私が語れるのはあくまでの「乱」についてだけなのだ。

   次回からは、平時に我々が起こした「乱」とはいかなるものであったのか、その緒戦をもっぱら記す。

   乱の緒戦はどんな戦いであったのか、その細部は重要である。そこにこのベンチャーの精神が表れているはずだ。緒戦がこの会社の最大の山場と呼んでもよいだろう。というのも、この山場の純粋な延長がその後のすべてであるからだ。

   事実、緒戦は、名乗りを挙げた人にいきなり陣地線であった。ADSL事業を展開できる空間の奪い合いである。そして会社消滅の日までこれは続いた。

   今日明日にもADSLをNTT電話網に持ち込ませろという主張は、外交戦や偵察戦を抜きにいきなりTMCがNTTになだれ込んだ白兵戦に喩えることができよう。

   もとよりTMCに陣地確保の勝算があった訳ではない。わずかでも我々の勝算が見えてきたのは、NTTとの相互接続交渉が山を越えてADSL商用試験サービス提供の目処がついた1999年10月のことであった。

   わずか創業3ヶ月後の出来事である。ここで確保した橋頭堡の価値は大きかった。ベンチャーキャピタルから資金調達を促す決定的な示威物を手に入れたからである。


【著者プロフィール】
東條 巖(とうじょう いわお)株式会社数理技研取締役会長。 1944年、東京深川生まれ。東京大学工学部卒。同大学院中退の後79年、数理技研設立。東京インターネット誕生を経て、99年に東京めたりっく通信株式会社を創設、代表取締役に就任。2002年、株式会社数理技研社長に復帰、後に会長に退く。東京エンジェルズ社長、NextQ会長などを兼務し、ITベンチャー支援育成の日々を送る。

連載にあたってはJ-CASTニュースへ

東京めたりっく通信株式会社
1999年7月設立されたITベンチャー企業。日本のDSL回線(Digital Subscriber Line)を利用したインターネット常時接続サービスの草分け的存在。2001年6月にソフトバンクグループに買収されるまでにゼロからスタートし、全国で4万5千人のADSLユーザーを集めた。

写真
撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年~2003年)
鷹野晃
写真家高橋曻氏の助手から独立。人物ポートレート、旅などをテーマに、雑誌、企業PR誌を中心に活動。東京を題材とした写真も多く、著書に「夕暮れ東京」(淡交社2007年)がある。

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