2019年 8月 25日 (日)

当事者が語る「遺族取材」のリアル 娘を失った父は、どんな思いでカメラの前に立ったか

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時効撤廃訴え署名...「メディアの力」も実感

   マスコミの記者を通じて、一般人の声を聞くことがあった。「一般の人たちが『あの事件犯人捕まったんでしょ』『解決したんじゃなかったんでしたっけ』などと、中には誤解をしている人もいる。遺族の気持ちを踏みにじるような。これは自ら画面に出て、世の中に訴えていかないと、事件が忘れ去られてしまう、事件が風化してしまう、という危機感を持った」。偶然にも当時、テレビ局から取材依頼があった。顔を写さない形で、テレビカメラの前に初めて出た。

「できればあまり接したくはなかったけども、事件が世の中から忘れ去られるんじゃないか、風化されちゃうんじゃないか、そんな危機感から、テレビカメラの前で遺族としての苦しみや悲しみなど、そういったものをいろいろ吐露しながらやってきた」

   当時の「公訴時効」の問題も浮かび上がってきた。「いつか警察が解決してくれるだろうと。最初の段階では意識もしていなかったが、時効という2文字が脳裏に、おぼろげなら浮かんでくるんですよ。さらにたつと、その2文字がくっきりと頭の中に刻みこまれちゃう。未解決のまま15年がたって、時効の15年の壁を前に無念の涙を流した遺族だってこの世の中にたくさんいるわけですよ。もしかしたら、このまま自分も何もしないで手をこまねいていたら、そのうちの1人になっちゃうかもしれないという危機感を持つようになった」。時効の問題が浮き彫りになり、「(順子が)この世に生きていたんだという証しを、あの子のために残してやりたい」という気持ちが強くなった。

   08年ごろ、賢二さんはテレビに顔出しをするようになった。「好き好んで顔を出したわけじゃなかった。何としてでも時効を廃止するんだという切迫した気持ちがある。いつまでも顔出しをしなかったら我々の訴えが伝わらない」。

   未解決事件の遺族らと一緒に2009年2月、「宙の会」を結成。会は09年6月、時効制度撤廃などに向け、嘆願書や約4万5000人分の署名を当時の森英介法務相に提出した。

「やっぱり有効だったのは、メディアの力ですよ。1つは遺族が直接、世間一般の人に語り掛けること、訴えること。もう1つは時効っておかしいよ、人の命を奪っておいて逃げ得を許していいのかということを絶えず発信をして、各メディアが流してくれた。これで世論も盛り上がるわけですよ」

   公訴時効の廃止などを盛り込んだ改正刑事訴訟法は10年4月27日に成立し、即日施行された。

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