2024年 4月 19日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(6)
欧州のコロナ禍、国による違いは何だったのか

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死者数が少ないドイツ、悲惨な英国

   イタリア、スペインといった「先行組」やフランスと比べ、ドイツが違うのは、新型コロナによる死者数の少なさだ。

   5月25日現在のジョンズ・ホプキンス大による集計に戻れば、その差は歴然としている。確認感染者数は5位スペインが23万5772人、6位イタリアが22万9858人、7位フランスが18万2102人。8位のドイツは18万0328人で、フランスと大差はない。ところが死者数になると、3位イタリアが3万2785人、4位スペインが2万8752人、5位フランスが2万8390人なのに対し、8位のドイツは8283人に留まっている。この差はどこで生じたのだろう。

   ドイツでは3月16日に幼稚園、学校、公園、体育館などの閉鎖を始め、食料品店や薬局、ガソリンスタンドなど生活に必要な店以外の営業を禁じた。これもフランスと時期はほぼ同じだ。同21日には感染が拡大したバイエルン州で原則外出禁止となり、22日には連邦統一ガイドラインが出されて行動を制限した。だがフランスのような厳格な制限ではなく、あとで詳述するように、散歩などは自由だった。

   この点について遠藤乾院長は、「やはり、ドイツの国全体の準備態勢、医療体制の底力が出たのだろう」という。一時は母体のキリスト教民主同盟(CDU)の人気が陰り、21年の任期限りで引退する意向だったメルケル首相も、再び前面に立って指導力を発揮した。医療体制と民主政治のシステムの底堅い結びつきが、荒波にも耐える防波堤になった、との見方だ。

   まさにこれとは対照的な脆弱性をあらわにしたのが英国だった、と遠藤院長はいう。露呈したのは、積年の社会資本の削減のツケと、民主政治のシステム不全の結びつきだ。

   2010年に政権の座に就いたキャメロン元首相は、財政赤字削減を掲げて緊縮財政を続け、警察や教師の人減らし、児童手当の凍結、住宅補助見直しといった福祉・地域サービスに大ナタを振るった。国民保健サービス(NHS)という医療制度の予算そのものは減らさなかったものの、12年の構造改革によって病院間、地域間の格差が広がり、待機者が増えて、NHSに対する国民の満足度は低下していた。

   「ニューレーバー」と呼ばれたブレア、ブラウン元首相の労働党時代には、親EU路線で移民を受け入れつつ、教育や医療制度の効率化や近代化を図る路線だった。しかし、福祉や地域サービスの劣化で有権者にたまった不満は、16年の国民投票で「EU離脱」の選択を後押しした。その後に続いたメイ首相の統治の混乱の後、離脱派の急先鋒だったジョンソン首相が「離脱」を実現した矢先に今回のコロナ禍に見舞われた。

   政権は迷走を続けた。3月12日の会見でジョンソン首相は、社会活動を厳しく制限しないまま、感染ピークを抑えるという緩和路線を打ち出していた。だが、感染が急速に拡大したため、20日にはパブを含む飲食店や劇場、映画館などの閉鎖を求め、23日には方針を急転換して都市封鎖を宣言した。だがこの出遅れが響き、27日には首相自身が感染して入院し、一時は集中治療室に入る重症になった。首相は4月12日に退院したが、司令塔の不在はその間に混乱を招いた。5月25日時点で感染者数は世界4位、死者数では米国に次ぐ2位という欧州でも最悪の結果である。

   EU離脱の移行期間は年内いっぱいだ。その間にEUとの交渉がまとまらなければ、細部を詰めないままのハード・ランディングになる恐れもある。遠藤院長はこう言う。

「普通であれば、英国側から交渉延期を求めるところだが、コロナ禍で政権が合理的な判断をできるかどうかが心配だ」

   英国が抜けた後、EUの求心力はどうなるのか。この点について、遠藤院長は、EUは一貫して独仏がけん引してきた歴史があり、独仏の足並みが乱れない限り、さほどの心配はないだろうという。ただ、今回のコロナ禍で火種となりそうなのが、イタリアだろうと指摘する。

   独仏はマスクを含む医療防護品を確保するため輸出禁止措置をとった。自国民を優先するマスクの「囲いこみ」だ。3月上旬、イタリアで医療崩壊が起きつつあるころ、スウェーデンの企業がフランス経由でイタリアに送ったマスク400万枚を、フランス当局が押収した。痛みを分かち合い、助け合う建前とは裏腹に、最も必要な時に邪魔をする態度に、イタリア国民は恨みを抱くだろう、と遠藤院長はいう。EU欧州委員会のフォンデアライエン委員長は4月16日、EUがイタリアを助けなかったことを公式に謝罪したが、こうした不満が尾を引く可能性が高い。

   EU加盟が自国にとって利益があるかどうかを尋ねた昨年の欧州委員会の世論調査で、加盟国で唯一、「利益」よりも「不利益」が多数だったのがイタリアだった。今後の景気低迷で南欧が窮地に陥り、遠心力が加われば、ギリシャ債務問題とは比較にならない影響が出る可能性がある。遠藤院長はそういう。

   そんな兆候をいち早く悟ったのか、ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領は5月18日、テレビ会談で話し合い、新型コロナで被害を受けた国を支援するため、5千億ユーロ(約58兆円)の「復興基金」を設立するようEUに提案することで合意した。

   最大で28か国に拡大し、5億人規模の市場になったEUでは、加盟各国の利害をどう調和させる(ハーモナイゼーション)がキーワードになる。コロナ禍の今、その調整力は危機管理と同じ意味を持つようになったといえるだろう。

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