2024年 4月 24日 (水)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(6)
欧州のコロナ禍、国による違いは何だったのか

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ドイツはSARS後に最悪事態を想定し研究

    前にも見たように、ドイツは南欧並みの感染者を出しながら、死者は少なく、世界から「ドイツモデル」と称賛された。実際はどうだったのか。5月24日、ベルリン在住46年のジャーナリスト、梶村太一郎さんに、Skypeで話を聞いた。ちなみに梶村さんは、1995年の「戦後50年企画」(朝日新聞)で知り合って以来、一貫して私のドイツ取材の師匠であり、指南役をしてきてくださった。

   梶村さんによると、ドイツでは2月中旬、ミュンヘン近くにあるバイエルン州の自動車の下請け会社の本社で、最初の感染が確認された。これは会議に出席した上海支店の女性から計16人が感染したクラスターだった。当局はこれを封じ込めたが、まもなく、オーストリアで若者に人気のあるスキー場イシュグルからに滞在した旅行者からドイツに感染が広がった。

   イシュグルは、オーストリア最大の感染源で、国内だけで600人以上の感染者を出したが、ドイツやスカンジナビア諸国、アイスランドなど欧州全域で、それ以上の感染者を出したとみられる(4月2日付ロイター通信による)。

   梶村さんによると、このチロル州にある新興リゾート地は世界中から旅行者が集まってスキーやパーティーを楽しむ場所として知られ、バイエルン州から車で数時間の距離にある。その後もバイエルン州での感染が多い理由の一つと見られている。

   2月中旬にはカーニバル(謝肉祭)の準備で、オランダとの国境に近いハインスベルクという人口2万5000人の小さな町でもクラスターが発生した。 2月15日に地元で開かれたカーニバルの準備会の参加者から感染が拡大し、直ちにシャットダウンされたが、5月25日までに感染者が1872人、死者が69人という甚大な被害が出ている。

   2月29日、梶村さんは開催中のベルリン映画祭に出かけ、この日行われたフォーラム部門エキュメニカル審査員賞受賞作「精神0」の受賞式を取材し、想田和弘監督夫人の柏木規与子さんらと談笑した。その夜、ベルリンでの初感染が確認された。世界中から人が集まったこの映画祭がクラスターにならなかったのは、幸運としかいえない、と彼は言う。

   この感染者は21歳の男子大学生で、意識混濁で病院に運ばれた際、病院側が新型コロナの検査をして感染を確認し、いったん帰宅させた学生を病院に戻して隔離した。

   ドイツ政府は2月29日にクラスターを確認した自治体に不要不急の移動制限を推奨していたが、感染拡大を受けて3月15日に人が集まる飲食店や映画館、ディスコなどを閉鎖し、保育園や学校も休校にした。同17日には、全国的な外出禁止措置を取り、国境も閉鎖した。

   それから5月6日にメルケル首相が制限の段階的な解除を打ち出すまでロックダウンが続いた。だが、梶村さんによると、その間も日用雑貨店やスーパー、薬局は開いており、許可も要らずに散歩や外出もできたので、あまり不自由は感じなかったという。ドイツでの特徴は、感染した若者が無症状や軽症で済みがちな一方、高齢者が感染すると重症化しやすいため、「孫はおじいちゃん、おばあちゃんの家に行かないで」と頻繁に呼びかけたことだろうという。事実、これまでのドイツにおける死亡者の平均年齢は、公式統計で81歳である。

   では、感染が拡大したドイツで、なぜ死者数が抑えられたのか。梶村さんは直ちに「参謀本部」方式を原因に挙げた。参謀本部は、19世紀のプロイセンで確立した軍事組織で、平時から有事を想定して軍事計画、動員計画を研究し、準備する軍の中枢だ。

   感染症における参謀本部は、連邦保健省直属機関のロベルト・コッホ研究所である。1890年に細菌学者コッホが設立したこの研究所は、2002年から3年にかけてSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したのち研究を重ね、2013年に連邦議会に、最悪事態を想定したリスク分析の報告書を提出した。これは,変種のコロナウイルスが東南アジアから欧州、北アメリカに感染拡大するというシナリオで、今回の新型コロナ発生とよく似ている。問題は、ドイツ政府がこうした研究をもとに医療体制や予防体制を構築し、発生してからも首相以下、内務相、内閣官房、保健相、家庭相らが月曜と水曜の週に2度、「コロナ閣議」を続けている点だ。

   感染拡大防止にあたっては、こうした合理的な現状分析と並んで、情報公開が死活的に重要だ、と梶村さんは言う。コッホ研究所の所長は週末も含む毎日、必ず会見を開き、数人の記者を前に現状を説明し、質問に答える。公共放送はそれを生中継するので、情報は即時に伝わる。さらに、研究所のサイトに「ダッシュボード」という特設欄を設け、小選挙区単位の感染者数や死者数、感染に関する克明なデータを更新し続けている。自分の住む地区をクリックすれば、すぐにデータが出てくるマップもある。さらに梶村さんはこう指摘する。

「連邦制のドイツでは、首都に限らず、全国各地に29のウイルス学研究機関があり、各州の対策のアドバイスをしている。各州に地方分権が徹底しているので、きめ細かな対策が取れる」

   ドイツではシャリテ大学病院ウイルス研究所のクリスチャン・ドロステン所長が脚光を浴びている。毎日公共ラジオ放送NDRのポッドキャストで記者や市民の質問に答え、わかりやすくウイルスの特徴や防止策を語り続けてきた。自転車で官邸に駆け付け、メルケル首相に助言した後、「今日は助かりました。首相は物理学者なので、統計の呑み込みが早い」という感想を語ったこともある。

「メルケル首相は冷静にデータや情勢を見極め、慎重に熟慮をして決断を下す。すぐには判断しないが、その決断は戦略的で、場当たり的なことは絶対ない」

   長くドイツ政治を見続けてきた梶村さんはそう言う。

   医療体制も充実していた。新型コロナが波及してから240万件以上の検査を行い、早期に陽性患者を隔離して拡大を防いだ。今も1日約12万件の検査能力がある。ICUの病床も感染前から約2万8000床あり、10万人当たり約34床で、イタリアの約4倍、日本の6倍あった。感染発生後は手術予定を先延ばししたり、一般病床を利用したりして、約4万床にまで増やした。

   梶村さんは、最近印象に残った言葉として、「新型コロナは新自由主義経済の棺桶の最後のクギ」という発言をあげた。これはベルリンのシンクタンク「ドイツ経済研究所・DIW」のマルセル・フラッチャー所長の言葉だという。

   4月30日付独紙フランクフルター・アルゲマイネ紙が伝えた記事の中で所長は、「すでに(リーマンショック後の)09年の経済危機の際に明らかになっていたが、新自由主義市場経済は機能を失い、コロナ危機で経済市場は破綻し、ここで国家の適切な市場介入が問われている」としてドイツ政府の1兆ユーロ(120兆円)の経済体制維持介入が不可欠だと語った。

   最後に梶村さんは、最近の言論界では、「システム・レレバント」という英語に当たるドイツ語がよく使われるようになった、と教えてくれた。「システムにとって必要なもの」「意味のあること」あるいは「支えるもの」といった意味だろう。具体的には、社会システムに欠かせない医療や介護、配送、運送、レジなどの職業従事者を指す。

   グローバル経済の中でも、比較的豊かなドイツは必要な医療体制を確保し、どうにかこの危機を乗り越えようとしている。

   コロナ禍でグローバル経済が行き詰まったいま、日本でも、足元のライフラインを見直し、立て直す時期が来ている。そう思った。

ジャーナリスト 外岡秀俊




●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員 1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。

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