2024年 4月 25日 (木)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(19)アベノミクスの今と、資本主義の行方

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「失われた20年」

   実務家として、研究者として戦後の日本経済を見守ってきた高橋さんは、歴代の自民党政権が一貫して「成長」を最優先の課題にすえてきたのではない、という。たしかに、岸信介首相を継いだ池田勇人首相は「極大成長」を最優先とする「国民所得倍増計画」を掲げて、10年で国民所得を倍に増やすと謳った。しかしその後は、佐藤栄作首相の「中期経済計画」から小渕恵三首相の「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」まで、30年以上にわたり日本の経済計画では成長よりも、むしろ成長による歪みの是正や、福祉の充実および国民生活の豊かさなどが優先的な目的として掲げられてきた。

   「成長」が、再び最優先の政策課題になったのは、2001年の小泉政権以降だという。だが、規制緩和や構造改革の掛け声にもかかわらず、バブル崩壊後の「失われた20年」が続いた。その長い停滞を打ち破ろうと、「成長」の旗を受け継いで華々しく登場したのが「アベノミクス」だった。

   たしかに円安が進んで輸出企業の追い風になり、株価は急上昇した。しかし、その後も日本経済をリードするような成長産業は育たず、閉塞感はより強まったように思える。

   内閣府は今年7月30日、2012年12月に始まった直近の景気拡大が18年10月に終わっていた、と認定した。政府は19年1月に「今回の景気回復は戦後最長になったとみられる」と発表していた。02年1月から08年2月まで73か月続いた「いざなみ景気」を超えるとの強気の見通しだったが、実際はコロナ禍が始まる前に71か月で記録がストップしていたことになる。昨年春ごろから、民間では景気は山を越えたとの見方が広がっていたが、それを裏付けたかたちだ。

   高橋さんは、アベノミクスを振り返って、次のように言う。

「必要なことは、大胆な金融緩和よりも、雇用の悪化で失われた所得の回復だった。アベノミクスは企業の資産を増加させたが、それが好循環にはつながらなかった」

   賃金は、個々の企業にとってはコストだが、国内経済にとっては購買力である。賃金が増えなければ消費は増えず内需も増えない。日本でもデフレが始まる90年代後半まではベア主導型の賃上げが主流で、「日本的経営」が健在だった時期は、経営者も賃金を購買力ととらえる傾向が強かった。

   GDPの6割近くを占める個人消費を支えているのは、中間層を含む庶民の毎日の消費だ。その「水位」を上げるには、賃上げをはじめとする所得の増加で家計の懐をあたためることが欠かせない。

   日経平均で株価が4000円以上、時価総額で100兆円増えても、消費は2兆円しか増えない。その結果高級品が売れたとしても、一回限りで終わり個人消費への波及効果は乏しい。だが、家計の所得が10兆円増えれば、消費支出は持続的に8兆円増える。

   デフレが生じたのは、賃金が上がらず家計が日々の消費で、より安いものを求めた結果、国内の物価が下がり続けたためで、日銀の金融緩和が不足していたからではない。

   だが、企業は純資産を増やしたのに、なぜ90年代後半から賃金は減り続けたのか。高橋さんは、90年以降、銀行と企業の間の株式の持合い割合が減る一方、外国の法人や機関投資家の比重が急速に高まり、株主の利益を優先するアメリカ型の企業統治が蔓延(はびこ)るようになったことが背景にあると指摘する。

   バブル崩壊後、日本企業の株式の3割以上を外国人が所有し、株価の値上がりと配当を要求する株主の声が強まった。その結果、企業は賃金を削り、内部留保を貯め込んで、上場企業の半分が実質的な無借金経営を誇るまでになった。

   資本主義における企業本来の役割は、家計部門からお金を借り、それを人材育成や機械設備、研究開発に投資して利益を上げ、その収益を賃上げや配当で家計に還元し、経済の好循環をリードすることにあった。家計から金を借り、賃金や配当で家計に還元する成長のエンジンであるはずの企業が、いまや家計よりも金を貯め込む「貯蓄主体」になってしまった。

「経済思想史家のロバート・ハイルブローナーは、『無借金経営を誇るような経営者は現代の地主である』と言いました。これでは、成長のためにリスクを取る、という前向きの挑戦はできなくなってしまう」

   日本では企業がプラットフォームづくりに参加したのは、家電でいえばビデオ規格のVHS、自動車でも省エネ車までで、情報通信の世界では後塵を拝してきた。

   「日本は常に、自分たちより一人当たり所得が上の欧米の先進諸国を目標に、欧米で使われるモノを少しでも品質が良く、しかも安く作ろうとしてきた。しかし今成長しているのは新興国や発展途上国。中国や東南アジアに入り込んで新たな市場を開拓する、という発想に欠けていた」

   米国は90年代から知的財産権を強化してプラットフォームを独占し、追随を許さないようにしてきた。「真似できない」のではなく、制度的に「真似をさせない」堡塁を築いたのだった。

   この間、液晶のシャープ、プラズマのパナソニックなど、日本の電機産業が「集中と選択」で行った設備投資の多くは、市場を開拓できずに失敗に終わった。

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