2024年 4月 26日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(29) 米国はバイデン政権下で分断を克服できるか

124年前の選挙とトランプ登場との共通性

   古矢さんはここで、124年前、つまり1896年の大統領選と今回の選挙との比較について話してくださった。これは共和党のウィリアム・マッキンリーが、民主党などをバックとするウィリアム・ジェニングス・ブライアンを破った選挙で、「政党時代」の掉尾を飾る選挙になった。

   古矢さんがこの選挙に注目するのは、民主党が南部だけでなく、中西部から南東部にかけての「バイブル・ベルト」や中西部北側の「グレイン・ベルト」のそれまで共和党の牙城だった地域にも食い込んできたからだ。つまりそれまで固定されたかに見えた2大政党の「指定席」が大変動を起こす兆候である。

「当時と今回の二つの選挙に共通するのは、その背景にそれまで米国経済の根幹を支えてきた産業構造の転換がある、ということです」

   19世紀の米国を支えた産業は農業であり、フロンティアを目指して西進する進取の精神に満ちた開拓の独立自営農民が、アメリカのヒーローだった。しかし南北戦争後、急速に工業化が進むアメリカでは、農業発展は停滞し、逆に石油や鉄鋼、造船、自動車、電気などの重厚長大型の産業が育っていく。「第2次産業革命」である。今や衰退産業となった農業の担い手である西部、南部の農民は、農産物の貯蔵や輸送に過大な運賃を請求する倉庫会社や鉄道会社と対立し、農産物価格の低下を招く連邦政府の通貨政策や大量の移民を受け入れる太平洋岸、工業化が進む大西洋岸の都市を敵視し、各地で抵抗運動や反乱を起こした。

   古矢さんはその構図が、2016年のトランプ政権誕生の背景によく似ていると指摘する。21世紀の場合、衰退したのはかつて20世紀の米国を支えた鉄鋼、自動車、造船などの重厚長大産業であり、その衰退の象徴が「ラストベルト」だった。

   代わって上り坂にあるのは、太平洋岸に本拠を置くIT産業や宇宙産業、生命科学であり、大西洋岸のウォール・ストリートを中心とする金融業だ。皮肉にも、製造業から金融業への転換を図ったのは、1981年に政権の座に就いた共和党のロナルド・レーガン大統領だったが、トランプ氏はこの転換によって長期衰退を余儀なくされたかつての製造業中心地域「ラストベルト」に攻勢をかけ、「忘れられた労働者」に「偉大なアメリカを取り戻そう(MAGA)」と訴え、その票を掘り起こした。

   衰退産業の担い手とは、かつて政府が国策として厚遇した中産階級でもある、と古矢さんはいう。たとえば19世紀、リンカーン大統領は1862年にホームステッド法を制定した。これは未開発の土地、一区画当たり160エーカー(約65ヘクタール)を無償で農民に払い下げるもので、これによって西部開拓に拍車がかかった。各州は農業大学を設立し、最新の農業技術を農民に分かち与えた。こうした国策によって、19世紀アメリカの農民を中核とする中産階級社会が形成された。しかし19世紀末には、この農本主義的世界が広範な産業主義の流れの中で衰退に向かってゆく。

   20世紀にアメリカを支えた製造業の労働者たちは、第2次大戦では兵士としてヨーロッパ、アジアの戦線を担って戦った。これに報いるべくルーズベルト大統領はすでに戦時中に、GI法(復員兵援護法)を成立させ、復員軍人に保証付き住宅ローンや職業訓練、大学の学資援助などを提供し、民間人として産業の現場に戻るまで、彼らを側面から支えた。続くトルーマン大統領もまた朝鮮戦争の復員兵士に報いるべく、同様の立法により政府援助を与えている。世界の製造業の4割から5割を米国が占めたという時代だ。かつての農民のように、彼ら製造業の労働者たちは戦後アメリカの中産階級の豊かな生活を享受するとともに、誇りと自信をもって社会の中枢を担っていた。

   しかし、脱工業化社会の到来に伴い1970年代以降半世紀にわたり、そうした彼らの暮らしは傾き、中産階層としての誇りも失われてきたという背景を抜きにしては、今回トランプ氏が7300万票も得た理由は理解できない。古矢さんはそう指摘する。

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