2024年 4月 26日 (金)

気づかなかったことも「無理やりにでも変わっていかざるを得ない」 曽我部恵一が、コロナ禍の今考えること

SNSは「駅の黒板」のようなもの

   ――職業柄、SNSの話題を扱うことが多いのですが、最近はSNS上での「対立」も目立っていると感じます。曽我部さんもツイッターをやられていますが、どう見ていますか。

曽我部:議論の場としてはすごくいい場所なんだと思います。ただ、独りよがりになりがちだから。対話じゃないですからね、SNSは。昔、駅に黒板があって「先に行っとくね」とか、ああいうようなもんですからね。みんながメモを貼っていくみたいに、口調にも何にも気をつけずに、ペタって貼っていくようなものだと捉えた方がいいのかな。そこで対話が奇跡的に生まれることはあるけど、やっぱりこうして対面で話すのとは違うってことは、僕らなんかはわかるんですけどね。

   ――なるほど。

曽我部:でも、あの環境がデフォルトっていう人たちも下の世代にいて、それがちょっと大丈夫かなって、って思うところはある。対話っていうものの方法論も変わってくるんだとは思うんですけどね。ツイッターが本当に心と心のコミュニケーションの場になって行かざるを得ないというか。僕らはあんまりツイッターで「心の交流」とか考えてないんだけど、子供たちってそれがメインになっちゃうのかもしれない。

   ――自分も学生時代からツイッターを利用してきましたが、実際にコミュニケーションの場として使っている感じはあります。

曽我部:希望的観測としては、下の世代には知性を持って使いこなして欲しいなとはもちろん思います。僕らが喧嘩になったりするような使い方じゃない、スマートな使い方をしてほしいなと。
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