2022年 5月 22日 (日)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(30)歴史家・ 磯田道史さんと考える「過去の知恵」

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「歴史人口学」が培ったリアルな目

   磯田さんは2020年9月20日、「感染症の日本史」という文春新書を刊行した。雑誌「文藝春秋」の5月~10月号に掲載された論考に大幅に加筆、再構成を加えた書き下ろしである。その最終章に、「歴史人口学は『命』の学問」という文章がある。

   この章の副題に「わが師・速水融のことども」とあるように、2019年12月4日に90歳で逝去した歴史人口学の泰斗・速水融氏との出会いとその薫陶について書いた文章だ。

   磯田さんが速水学の存在を知ったのは、まだ高校3年生で京都府立大への受験を終えたばかりのころ、地元岡山大学の図書館を訪ねた時だったという。将来は歴史を専攻したい。志望ははっきりしていても、どの時代にするかは決めかねていた。その参考にしたいと思ったからだ。

   職員は「高校生は利用できない」と断ったが、せっかく来たのに追い返すのはどうかと考え直したらしく、「見学ならいい」といってくれた。歴史書の書架の前に立って、目に飛び込んできたのが、速水氏の「近世農村の歴史人口学的研究 信州諏訪地方の宗門改帳分析」(東洋経済新報社)だった。本を開けば「見学」の域を超えるとためらったが、我慢ができずにページを繰ると、あまりに斬新で、衝撃を受けた。

   生物の教科書にしか出てこないような「生存曲線」のグラフが掲載され、「宗門改帳」から農民の結婚年齢や平均寿命といった数字をコツコツ導き出す革新的な手法を用いていたからだ。

   その後、磯田さんは速水氏の「日本経済への視角」(東洋経済新報社)や「日本における経済社会の展開」(慶応通信)などを読み進み、「二系列説」に出会う。

   これはエジプト、インド、中国など「古代社会の経験が特徴的な社会」を「第一系列」ととらえ、西欧や日本など、封建制から資本主義への道のりを経た「第二系列」とを区別する世界史像の問題提起だった。「第一系列」は古代文明の終焉と共に化石化し、多くは20世紀後半に近代化への道を歩む。だが古代には「蛮族」や「夷狄」とみなされていた「第二系列」は、「第一系列」との接触が深まるにつれ内部に進化を生じて「中世封建社会」を醸成し、さらにその内部で封建社会を否定する経済要因などを形成し、いち早く近代化への道を歩んだ、とする見方だ。

   これは、当時主流だった戦後マルクス歴史学の「単線的な進化論」に挑戦し、複眼的な視覚で世界史をとらえ直すスケールの大きなパラダイム・シフトの問題提起だった。

   どうしても速水氏の教えを乞いたい磯田さんは京都府立大に在籍しながら受験勉強をして1990年に、速水氏が当時在籍していた慶応大に進んだ、ところが速水さんは前年秋に慶応大経済学部長を退任し、京都の国際日本文化研究センター(日文研)教授に就任しており、せっかくの転校は「行き違い」に終わってしまった。

   たぶん、この「行き違い」はのちのち、後進の歴史家の間で語り草となるだろうが、それであきらめる磯田さんではなかった。

   扱うデータが膨大で、人海戦術で研究する歴史人口学には、広い研究室が必要だ。ところがまだ日文研にはそのスペースがなく、速水氏は慶応大研究棟の地下に足場となる研究スペースを置き、東京にいる日も多いことを知った。

   磯田さんはのちの指導教官になる教授が速水氏の隣室にいることを知って紹介をお願いし、ようやく対面を果たした。

   その後しばらくして、日文研に移った速水氏から、宗門人別帳の古文書を集める大きな研究プロジェクトに誘われ、京都に赴いた。

   研究室の扉には横文字が書いてあった。速水氏が扉に貼っていたのは「この門をくぐる者、すべての望みを捨てよ」というダンテの「神曲 地獄扁」の一句だったという、

   歴史人口学がいかに地味で膨大な調査を必要とするかを語る「頂門の一針」だった。

   磯田さんは「相撲部屋に入るような気分」で速水部屋に入門し、その後学部から博士課程まで10年近く、古文書を求めて全国を渉猟する生活を送った。

   歴史人口学は、欧州に始まる新しい分野で、教区簿冊を元に出生・結婚・死亡などの「人生イベント」のデータを集積し、人口動態を明らかにする。速水氏は、宗門人別帳を元に国勢調査以前の人口動態を明らかにし、そこから過去の経済の実態を解明しようとした。

   プロジェクトが進められたのは、日本でも少子化が社会問題としてクローズアップされるようになった時期だ。日本の長期にわたる客観的な人口動態を解明する必要に迫られ、日本学術振興会による科学研究費助成金も出た。

   速水氏は歴史家の網野善彦氏、民俗学者の宮本常一氏らと親交があり、全国の津々浦々を歩いて調査する宮本氏の思い出話を磯田さんに聞かせた。速水氏の研究プロジェクトの史料収集で全国を行脚していた当時を振り返って、磯田さんは当時の自分は「ほとんど宮本常一状態でした」と冗談めかす。

   だが各地に史料を博捜する作業は、速水プロジェクトに役立ったばかりでなく、磯田さん自身の血となり肉になった。速水氏は主に農民や商人に着目したが、磯田さんは武士の史料も調べ、それが博士論文「近世大名家臣団の社会構造」につながり、のちの「武士の家計簿」(新潮新書)に結実していく。

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