親の認知症が進むと、日常生活のサポートだけでなく、財産管理や相続の問題も避けて通れない。家族が善意で動いても、記録や手続きを整えていなければ、思わぬ争いに発展することがある。
長男が母の財産を管理した結果、弟と妹との間に深い溝が生まれた
東京都内で暮らすAさん(長男・50代)は、地方で一人暮らしをしていた母親(80代)の認知症が徐々に進み、日常生活にも支障が出始めたことから、介護施設への入居を検討した。
入居手続きや契約、施設費の支払いなどは、Aさんが中心となって行い、母の通帳や印鑑も預かることとなった。施設費は毎月20万円ほどであり、医療費や介護用品、日常生活の消耗品の購入も必要となったため、預金の出し入れは、すべてAさんが代行していた。
最初のうちは、地方に住む弟と妹も「兄が管理してくれるなら安心」と考えて、特に疑念を持たず任せていた。しかし、数年が経つにつれて、母の預金残高が予想以上に減っていることに気づいた。
弟が電話で問い合わせた場面もあったという。「お母さんの預金、ずいぶん減ってるけど、何に使っているのか」と尋ねると、長男のAさんは「施設費と病院代、それに生活費も含めて、すべて母さんのために使った」と答えた。
しかし、Aさんは領収書や明細の整理を十分に行っておらず、支出内容の詳細をすぐに示すことができなかった。弟と妹は説明を聞いても納得せず、不信感を抱くようになった。電話やLINEでのやり取りの中でも「本当に必要な費用だけなのか」「どこにいくら使ったのか」を巡って何度か口論が起きた。
母が亡くなった後、遺産分割の話し合いが行われる。弟と妹は「お兄ちゃんが勝手にお金を使ったのではないか」と疑いを持ち、Aさんは「善意で母さんのために使っただけ」と主張した。しかし、母の判断力がすでに低下していた時期の引き出しについては、法的には「本人の意思によるもの」とは認められない。
家庭裁判所の調停では、通帳の履歴や引き出しの時期、支出の内容をめぐり、長時間にわたる議論が続いた。結果として、家族の間に深い溝が生まれてしまった。(※プライバシー保護のため、内容を一部脚色している)