2020年 10月 30日 (金)

胸が熱くなったイチロー引退名言「やりたいと思ったことがあれば、それに向かって進めばいい」

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   スポーツ選手の引退会見で、これほど感動させられたのはだれ以来だろう。

   私が後楽園球場で聴いた長嶋茂雄の「巨人軍は永遠に不滅です」は、昭和を代表する名言である。3月21日(2019年)の深夜から始まったイチローの会見での発言は、間違いなく平成を代表するものになるに違いない。

   記者のボケた質問にツッコミを入れながら、イチローは野球を通じて体得した己の人生を存分に語った。テレビを見ながらメモしたものだから、正確ではないかもしれないが、こんな言葉が耳に残った。

   「成功という言葉は嫌いだ」「50までやると思っていたから、ここまで続けてこられた」「これまでを振り返って? こんなもんかなあ」「監督? 絶対無理。僕には人望がない。それぐらい自分でもわかる」「勝つということは大変なこと」「少しずつ積み重ねていくことでしか、自分を成長させられない」。 なかでもいい歳をして、こんな言葉に胸を熱くした。「何でもいい、やりたいと思ったことがあれば、それに向かって進めばいい」「アメリカに渡って、初めて外国人となって知ったことがある。それはこれからの人生で大切なものになる」

   スポーツ紙ではほとんど取り上げられないイチ節のなかにこそ、聴くべき内容があったと思う。

   イチローの家族は妻と年老いた老犬「一弓」。「18歳になる老犬の懸命に生きる姿が、僕を支えてくれた」。私も、昨年4月(2018年)に老犬を亡くしている。彼女も18歳になる数日前まで、必死に生きた。声も出せなかったのに、亡くなる直前、別れを告げるように高らかに吠え、カミさんの腕の中で息絶えた。

   アメリカでの野球人生を共に生きた老犬との日々を、イチローは生涯忘れることはないだろう。イチローの野球人生のすべてが1時間20分に凝縮された、素晴らしい会見だった。

羽生結弦はナルシスト!子どものころから「王子様」とほめるとその気になった

   フィギアスケート界のレジェンドになりつつあるのは羽生結弦(24)である。五輪を2連覇し、現在は母親と2人でカナダのトロントに暮らしているという。

   週刊文春は今号が60周年記念特大号だが、彼についての記事と後半のグラビアページで特集を組んでいる。姉が通うスケート教室にくっついてきた羽生に、コーチが「やってみたら」というと、いきなりリンクの中に入って、そのままダッシュして、転んでもまた立って走っていたという。

   天性の運動神経を持っていたが、練習は嫌いだった。母親が羽生の手作りの衣装を「すっごいカッコいい! 王子様みたい」とほめると、その気になって練習したという。音楽を感じながら身体を使って伝える能力は、目を見張るものがあったそうだ。それに大変なナルシスト。「練習の仕方を見ていると、勝つためにトレーニングをしているという気迫をひしひしと感じました」と、ライバルだったハビエル・フェルナンデスが話している。

   先輩スケーターの中村健人が、こんなことをいっている。<「練習が終わった後、『一緒にオリンピックへ行こうね!』と言ってくれたんです。でもそのときの僕は、自分の置かれている状況も実力もある程度わかっていて、弱気だったんですよね。『行けるように頑張るよ』と返したんです」。そのとき靴のエッジを拭く羽生の手が止まったという。

   「健人君、先輩ですけどちょっと言わせてください。『行けるように頑張る』って言ってる人は行けないです。僕は行くために頑張ってます。メダルを取るために頑張ってます」といって、帰って行った」>という。イチローの考えと通じるところがあるように思う。

   失礼だが、羽生が引退するとき、どんなことを話すのか、今から楽しみである。

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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