2019年 9月 22日 (日)

娘の写真がさらされ、「自殺するまで追い込むしかない」 慰安婦報道の植村元朝日記者、ネットでの誹謗中傷明かす

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   いわゆる従軍慰安婦の女性の証言を初めて報じた元朝日新聞記者の植村隆氏(56)が2015年1月9日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見し、自らの記事に対する批判に反論した。

   同日、植村氏は自らの記事を「捏造」と非難した週刊文春の報道をきっかけに脅迫などの人権侵害を受けたとして版元の文藝春秋などに損害賠償や謝罪広告などを求める訴えを起こしている。自らが「反日」だとして批判されていることについては「自分は愛国者だと思っている」などと話した。

支援団体が元慰安婦女性にヒヤリングしたテープの内容を記事化

自らが執筆した1991年の記事を手にする元朝日新聞記者の植村隆氏
自らが執筆した1991年の記事を手にする元朝日新聞記者の植村隆氏

   植村氏が非常勤講師として勤務する北星学園大学(札幌市)には、こういったはがきが届くという。

「出て行け、この学校から。出て行け、日本から。売国奴」
「日本でカネを稼ぐな。大好きな韓国に帰化して姑に食べさせてもらえ」

   大半がいわゆる「反日」批判だが、植村氏はこう反論した。

「しかし、私は反日ではない。私は日本が他のアジアから尊敬される本当の仲間だと思われる国になってほしい。そういう意味では、自分は愛国者だと思っている。学生に言っている。僕の学生は、韓国、中国、台湾から来る学生が多い。『もちろん、今日本で不愉快なことが沢山あるかも分からないけど、日本も良いところがあるし、やはり日本と隣国は大切な関係なので、是非日本で色々なことを学んでほしい』」

   植村氏に対する批判のきっかけになったのが、植村氏が1991年8月11日の朝日新聞大阪本社版の紙面に執筆した記事だ。記事では、ソウル市在住の金学順(キム・ハクスン)さん(当時68=1997年死去)が従軍慰安婦としての体験を支援団体に明らかにしたことを報じた。植村氏は金さんに直接インタビューしたのではなく、支援団体が金さんにヒヤリングしたテープを聴くことができただけだったが、慰安婦本人の証言が記事化された初めてのケースだ。金さんは91年12月に日本政府を相手取って戦後補償を求める裁判を起こしたが、死去後の04年に敗訴が確定している。

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