近年、推し活は若い世代だけでなく、高齢者にも広がっている。応援することが生きがいとなる一方で、支出が膨らむと、家族との価値観のずれが表面化しやすい。本人の死後に「推しに関するお金」が見つかると、扱いを巡って家族が戸惑うこともある。母が残した「推し」への思いと通帳東京都内に住む佐藤真理子さん(仮名・50代)は、母・美智子さん(仮名・享年70代)の遺品整理の最中に、思いもよらない発見をした。「押し入れの奥から、同じアイドルのDVDやファンクラブ限定グッズが、たくさん出てきたんです。母がそんなに熱心なファンだったとは、全く知りませんでした」と話す。美智子さんは、夫に先立たれてから10年以上、一人暮らしを続けていた。近所づきあいも少なく、娘の真理子さんも仕事に追われて、実家を訪れる機会は減っていった。家族の会話が少なくなるなか、70歳を過ぎた頃に、テレビで見た男性アイドルグループに心を奪われたという。ファンクラブに入会して、コンサートに足を運び、SNSを通じて同世代のファン仲間とも親しくなっていった。やがて、遺品整理を進めるなかで、通帳を確認した真理子さんは、思わぬ事実に直面する。推し活に関連する支出が、数年間で約300万円に上っていたのだ。旅費やグッズ購入費だけでなく、アイドルの活動を支援する、クラウドファンディングへの振込も確認された。「独り身の母なりに、前向きに過ごそうとしていたのかもしれませんが、家族としては、どう扱えばいいのか分かりませんでした」と真理子さん。弟との間でも意見が分かれた。弟は「母の自由だよ」と擁護したが、真理子さんは「生活費を削ってまで支出していたんだよ」と声を荒らげた。ほどなくして、真理子さんは、母のファン仲間から「お母様が生前に、亡くなったらグループの活動支援に寄付したいと話していた」と聞いた。しかし、遺言書はなく、最終的に残された資産は、相続財産として分配されることになった。真理子さんは「母にとっては確かに生きがいだったと思います。でも、残された側にとっては、気持ちの整理が難しいんです」と複雑な表情だ。高齢になっても心を動かす対象を持ち、仲間とつながることは、生きる力になる。その一方で、家族にとっては、理解や整理の難しさも伴う。「推し活」は、世代を超えて、生き方そのものを映す鏡に、なりつつあるのかもしれない。(※プライバシー保護のため、内容を一部脚色している)推し活とお金、「想い」をどのように遺すのか「推し活」は年齢や性別を問わず広がっており、高齢者の孤独を和らげる大切な趣味でもある。しかし、金銭的な規模が大きくなると、相続時にトラブルの火種になりやすい。特定の目的で、お金を残す意向がある場合は、遺言書に明記する、もしくは、生前に信頼できる家族へ説明しておくことが必要だ。家族側も「趣味に使ったお金」と一括りにせず、その支出が本人にとって、どれほど意味を持っていたかを理解する視点が欠かせない。お金の使い方は、その人の生き方の表れでもある。生きがいとお金の「バランス設計」を推し活は、心の支えとして価値がある一方で、生活資金や将来資金との線引きが、曖昧になりやすい。特に年金生活者の場合、「自分の楽しみだから問題ない」と考えてしまう傾向がある。一方で、支出が積み重なれば、生活や相続に影響を及ぼすこともある。このような事例を防ぐには、まず「推し活用口座」を、生活費と分けて管理することが有効だ。推しへの寄付や支援金を想定している場合には、遺言書やエンディングノートで、意向を明確にしておくことが良いだろう。お金は「使い方」だけでなく「遺し方」でも、人の価値観を映してしまう。生きがいと資産管理のバランスを意識することが、本人にとっても家族にとっても、後悔のない相続につながる。【プロフィール】石坂貴史/証券会社IFA、AFP、日本証券アナリスト協会認定資産形成コンサルタント、マネーシップス運営代表者。「金融・経済、住まい、保険、相続、税制」のFP分野が専門。
記事に戻る