再婚そのものが相続トラブルを生むわけではない。しかし、再婚をきっかけに家族内の役割が固定されて、その違和感が放置されると、相続の場で感情が噴き出すことがある。今回の事例は、表面上は協力関係に見えていた兄弟が、遺産分けを機会に決裂したケースである。
協力関係に見えていた兄弟の内側で起きていたこと
父の俊夫さん(仮名)は、妻を亡くした後、数年を経て再婚した。再婚相手の由紀子さんは穏やかな性格で、周囲との衝突を避ける人だった。子どもは長男の浩平さん(仮名)と次男の健太さん(仮名)で、二人とも家庭を持ち、離れて暮らしていた。
再婚後、家族のなかで自然と役割が分かれていった。実務的なことは浩平さん、感情面のフォローや日常的な顔出しは健太さん、という形である。誰かが決めたわけではないが、いつの間にかそうなっていたという。
父の体調が不安定になると、その構図はさらに強まった。病院や介護サービスの手続きは浩平さんが担い、健太さんは父や由紀子さんの話し相手として、家に通っていた。互いに「自分は自分の役割を果たしている」という意識はあったが、その内容を細かく共有することはなかった。
浩平さんは「実務は任せてほしい」と思い、健太さんは「家のことは見ている」と考えていた。一方で、その認識のズレが表に出ることはなかった。兄弟の間では、深く話し合う必要がない空気ができていたのである。
俊夫さんが亡くなった後、相続の話し合いが始まった。遺産の分け方そのものより、まず話題になったのは「これまで誰が何をしてきたのか」だった。浩平さんは、自分が対応してきた手続きや負担を挙げて、「公平に考えてほしい」と主張した。
それに対して、健太さんは「父のそばにいたのは自分だ」と反論した。「手続きだけが支えではない」「気持ちの面を誰が見ていたと思っているのか」と声を荒らげた。互いに、自分の役割を軽く見られたと感じたのである。
話し合いは次第に感情論へと傾いた。「全部背負ってきたつもりだった」「感謝されるどころか責められるとは思わなかった」。それぞれが心の中に溜めていた不満が、相続という場で一気に表に出た。
結果として、遺産分割は成立したが、兄弟の関係は大きく損なわれた。再婚が直接の原因ではない。しかし、再婚後に生まれた役割分担と、それを言語化しなかったことが、対立を深めたのである。(※プライバシー保護の観点から、内容を一部脚色している)
FPによる解説|兄弟間で役割や思いを整理することの重要性
この事例で問題になったのは、兄弟がお互いの役割を「分かっているつもり」で進めてしまった点である。誰が何をどこまで担っているのかを、具体的に確認せずに日常が過ぎた結果、それぞれの中に「自分の方が負担してきた」という思いが積み重なった。
こうした不満は普段の生活では表に出にくい。しかし、相続という非日常の場になると、過去の積み重ねが一気に表面化する。確認や共有のないままでは、冷静な話し合いが難しくなるのは当然である。
相続トラブルでは、兄弟それぞれが「自分はどれだけ頑張ってきたのか」を意識するあまり、「相手にはどのように見えているのか」が争点になりやすい。そのため、兄弟が互いに自分の負担や気持ちを言葉にして、確認しておくことが大切である。
そうしておけば、相続の場で「自分ばかりやってきた」「なぜ知らせてくれなかったのか」といった感情的な対立を避けやすくなる。相続対策とは、財産を分けるだけでなく、兄弟間で役割や負担、思いを整理して、共有する作業でもある。
【プロフィール】
石坂貴史/証券会社IFA、AFP、日本証券アナリスト協会認定 資産形成コンサルタント、マネーシップス運営代表者。「金融・経済、住まい、保険、相続、税制」のFP分野が専門。