柏崎刈羽原発「トラブルの歴史」が怖すぎる 点検記録の改ざん、ずさんなテロ対策、30年間放置されたミス

   2026年1月21日19時過ぎ、新潟県の東京電力柏崎刈羽原子力発電所(以下、柏崎刈羽原発)6号機が14年ぶりの再稼働を果たした。

   2011年の東日本大震災および福島第一原発事故が発生して以降、東京電力が運営する原発として初めての起動だったが、そのわずか5時間半後、原子炉は再び停止に追い込まれた。

   この事態は、国民が抱く原発への不安を改めて再燃させるものとなった。

   そもそもこの柏崎刈羽原発は、1985年に1号機が運転開始されて以降、何度も技術的・組織的トラブルを繰り返してきたことで知られていたからである。

  • 柏崎刈羽原子力発電所6号機中央制御室の様子(出典:東京電力ホールディングス)
    柏崎刈羽原子力発電所6号機中央制御室の様子(出典:東京電力ホールディングス)
  • 柏崎刈羽原子力発電所6号機における燃料装荷の様子(出典:東京電力ホールディングス)
    柏崎刈羽原子力発電所6号機における燃料装荷の様子(出典:東京電力ホールディングス)
  • 柏崎刈羽原子力発電所6号機中央制御室の様子(出典:東京電力ホールディングス)
  • 柏崎刈羽原子力発電所6号機における燃料装荷の様子(出典:東京電力ホールディングス)

シュラウド(炉心隔壁)のひび割れを報告せず

   柏崎刈羽原発の歴史を振り返ると、安全性への執着よりも、組織防衛を優先していると断じざるを得ないトラブルが繰り返されている。

   その発端となったのが、2002年に発覚した東京電力の「トラブル隠し」だ。

   1980年代後半から1990年代にかけて、柏崎刈羽原発を含む東電の各プラントにおいて、シュラウド(炉心隔壁)のひび割れなどの点検記録を計29件改ざん・隠蔽していたことが明らかになった。

   損傷を把握しながら「異常なし」と虚偽の記録を行い、国への報告を怠っていた事実は、組織に根付いた隠蔽体質を世に知らしめる結果となる。

   その5年後、2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震では、設計時の想定を超える最大震度6強(敷地内では震度7相当)の揺れを記録した。

   この際に3号機の所内変圧器から火災が発生したが、自衛消防隊による初期消火に失敗し、鎮火まで約2時間を要した。

   停止後の指揮を執るべき「緊急時対策室」のドアが歪んで開かず、消防との専用電話が使えずに火災の通報が遅れたという失態も報じられた。なお地震で、微量の放射性物質が外部に漏れた。

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